第十九話 夫婦その七
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「三国を手中に収められ」
「そして兵もある」
「その強さは確かです」
「それにです」
しかもなのだった。今川にはさらにあった。それは。
「今川家は名門です」
「将軍の継承権まで持っておられます」
「源氏の名家でありますな」
今川家はそういう家であった。他の戦国大名の家と比べてもだ。並ぶ者なぞいはしないそこまでの名門であるのであった。
信玄はこのこともわかっていた。そしてなのだった。
「それがかえってよくないのだ」
「名門故に他家を侮ってしまう」
「そういうことですね」
「つまりは」
「それで織田をですか」
「左様、織田家は斯波家の被官の出」
それは紛れも無い事実であった。
「神主の家だったな」
「左様です」
「同じ斯波殿の家臣の出でも朝倉家と比べると下です」
「越前の朝倉と比べると」
「そうだ、そしてあの蛟龍の家はその本流ではなかった」
今はどうかしれないといってもだった。その出はだというのだ。
「それではだ」
「今川殿に馬鹿にされるのも道理」
「そういうことですね」
「つまりは」
「そうだ、義元殿は何よりもあの男のそれを侮っておられるのだ」
信玄の顔がいよいよ曇る。
「それが悪くならなければよいがな」
「全くですな」
「とにかく今川殿に油断は許されませんな」
「それは確かに」
「なのだがな」
また苦い顔を見せる信玄だった。
「肝心の義元殿がのう」
「それが命取りにならなければよいのですが」
「今川殿にとっては」
「若しもじゃ」
信玄は今度は仮定を述べた。
「尾張に我等がおればじゃ」
「武田がですか」
「その場合はというのですな」
「さすればその場合は」
「どうなっていたと」
「義元殿も侮られぬ」
そうだという信玄だった。
「その場合はだ」
「それはあれですな」
馬場であった。彼が言ってきたのだった。
「我等が甲斐源氏の嫡流だからですな」
「そうよ。我が武田はだ」
信玄こそが誰よりもわかっていることだった。武田は甲斐源氏の名門である。その名門であるということが義元には大きいことなのである。
「だからこそよ」
「侮られない」
「それでなのですか」
「例えわしがうつけであっても」
信長がそう呼ばれていたことを踏まえての言葉だ。
「義元殿はあそこまで侮られはせん」
「家柄。重要ですな」
「戦国の世においても」
「それは確かですか」
「そうよ。家紋でどうにかなるといってもよ」
それでもだというのだった。
「それでもじゃ」
「名門であるかないか」
「大事ですか」
「やはり」
「左様」
信玄はまた答えた。
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