第十六話 正装その十五
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「左様です」
「ううむ、わかっておったか」
「私もそうでありますし」
「義父殿もじゃな」
信長の方からの言葉だった。
「そうじゃな」
「殿もわかっておられるではありませんか」
「義父殿は全て承知でわしに合わせてくれたわ」
「おそらくそれはです」
「わかっておる。見ておったのじゃ」
そのこともだ。信長はわかっていたのであった。
「何もかもをな」
「だからこそ私を殿に嫁がせたのでしょうし」
「その頃は確かに思ってはいなかったようじゃがな」
「しかし今はです」
「確かだな」
「間違いなく」
こう夫に話す。
「そしてです」
「ははは、それはこれからじゃな」
ここからは笑ってだった。一端茶を飲んでそこから話す。ここでも酒は飲んではいない。
「これからよ」
「これからですか」
「うむ。さて、暫くは伊勢も種を蒔く時じゃしな」
「それはどうでしょうか」
しかしであった。帰蝶はここでその声を曇らせてきた。そうしてそのうえでなのだった。夫に対してこう言ってきたのであった。その声でだ。
「伊勢はそれでいいとして」
「勘十郎のことか」
「それもあります」
それが主ではないというのであった。
「おそらく駿河はまだ動かないにしてもです」
「美濃で何かあるか」
「兄上のことは御存知ですね」
道三の嫡子であるその義龍のことだ。彼は帰蝶から見れば兄になるのだ。
「あの方のことは」
「見たぞ」
返答は一言だった。妻の横で片膝を立てていつもの傾いた格好で右肩を出しながらだ。そのうえで述べた彼であった。やはり傾いているのは変えない。
「あのやたらとでかい男だな」
「はい」
「わしを嫌っておったわ」
「そして父上も」
「噂では義父殿の子ではないということだが」
このことは尾張でも噂になっていたのだ。彼の母はかつて美濃の守護の側室であり道三が譲り受けたのである。譲り受けてから暫くして義龍が生まれたのだ。
それならばだった。本当の父親がわからないのも道理であった。果たして彼が道三の子か守護である土岐頼芸の子であるのか。それは誰にもわからないことだったのだ。
「どうじゃろうな」
「いえ、兄上はです」
「義父殿の子か」
「私はそう確信しています」
そうだと言う帰蝶だった。
「あの方はあれで」
「鋭いか」
「油断なさらぬよう」
実際に鋭い目で話す彼女だった。
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