第十二話 三国の盟約その二
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そしてだ。あらためて彼を見て言うのだった。
「雪斎殿、それでは」
「時としてです。剣を収めるべき時もあります」
「それが今だというのですね」
「その通りであります」
軍神を前にしても臆することはない。胸を張って言うのであった。
「ですから。ここはです」
「いいでしょう」
謙信はここで頷いてみせた。
「では和上よ」
「はい」
「貴方は民の為に動かれるのです」
「では上杉殿は」
「私もまた同じです」
彼もだというのだった。そして言うのだった。
「私の剣は武器を持たぬ者に向ける為にあるのではありません」
「その武器を持たぬ者の為にですね」
「それが義です」
まさにそれがだと。彼は言った。
「だからこそです」
「有り難きお言葉。それでは」
「上杉謙信、生まれた時より義に生きております」
「義にですか」
「そして忠に」
この言葉も出してきた。
「その二つ、それこそが私なのですから」
「私はです」
雪斎の言葉がだ。ここで少し変わった。
そうしてだ。彼は言うのであった。
「どうやら果報者の様ですな」
「何故そう言うのですか?」
「この時代に生まれ義元様と御会いし」
まずは主のことがあった。
「そして貴方とも御会いできたのですから」
「だからだというのですね」
「その他にも多くの英傑を見ております」
彼だけではないと。さらに話す。
「このこと、果報と言わずして何と言いましょう」
「左様ですか。そういえば」
「そういえば?」
「貴方の国の隣にもいますね」
ここでこう言う謙信であった。
「英傑が」
「あの男ですか」
「そう、尾張の蛟龍」
まずはこの呼び名からだった。
「織田信長です」
「お気付きでしたか」
「あの者、断じてうつけではありません」
真剣そのものの顔での言葉だった。謙信は今確信していた。
「それどころかです」
「この国でも指折りの者ですな」
「いや、若しかすると」
「若しかすると」
「天下第一の者やも知れませぬ」
やはり嘘を言ってはいなかった。今の謙信は心からそう感じて語っていた。その言葉には真摯な鋭ささえ見られる、そこにこそ真実があった。
「私や甲斐の虎以上の」
「いえ、ですが我が殿は」
「今川殿のことは御聞きしています」
謙信もそれは知っていた。
「そして貴方のことも」
「左様ですか」
「しかし人は一人では動けはしないもの」
謙信は雪斎にこのことも語った。
「それは承知しておいて下さい」
「一人では、ですか」
「それは私とて同じこと」
己もだと。謙信は言った。
「一人で果たせることは限られています」
「さすれば今川も」
「今川殿だけでなく貴方も必要なのです」
そうだというのである。
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