第百九話 尾張者達その六
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「身を立てる為でもなくともじゃ」
「常にせよと仰いますか」
「楽しむ為にするのとは違うであろう」
「いえいえ、楽しくなければ」
怒る平手に余裕で返す慶次だった。
「頭に入りませぬぞ」
「何度も読み入れるのじゃ」
「そうしたことは好きではありませんので」
「そして学問をせぬ時はか」
「頭を動かすのでございます」
つまり悪戯をするというのだ。
「気の赴くままに」
「若し性質の悪い悪戯であってみるのじゃ」
「その時はですか」
「容赦せぬからそのつもりでおれ」
平手は殴る、それもとびきり強烈な拳骨でだ。その拳骨は織田家の武の二枚看板すら越える程である。
その平手が慶次を見据えて言うのだ。
「わかっておるな」
「だからこそです」
「わしにも悪戯をするのか」
「悪戯も戦ですからのう」
慶次は口を大きく開いて笑って言う。
「だからこそです」
「わしに戦を挑むか」
「そのつもりです」
「ではわしも受けて立つ」
若造が、という考えはなかった。慶次がそう来るのなら平手も正面から受ける、ただそれだけのことなのだ。
そう告げてそのうえでまた慶次に対して述べる。
「遅れは取らぬぞ」
「そう来なくては」
「全く。御主のこともある」
平手はやや憮然とした顔を作ってこうも言った。
「殿の天下統一も見ねばならぬしまだまだ死ねぬわ」
「わしとしても死んでもらっては困るわ」
信長も平手に笑って告げる。
「まだまだな」
「左様ですか」
「そうじゃ、爺にはこれからもどんどん働いてもらう」
「それは有り難いことです」
「この者達の面倒も見るのじゃ」
加藤達を指し示してだった。
「よいな、そうせよ」
「畏まりました」
「爺がおると違う」
信長はこうも言う。
「実に口五月蝿くてかなわんがな」
「口五月蝿くて結構でございます」
そう言われても平手は臆することはない。
「それがし殿と織田家のことを思えばこそ」
「それでか」
「あえて言わせて頂きます」
「全く。魏徴もここまではいかんぞ」
「魏徴ですか。結構なことでございます」
初唐の諌臣と比べられて平手はさらに言う。
「あの様になりたいものですな」
「そう言うか。ではそれだけのことをしてもらおう」
「さすれば」
信長のその言葉を胸を張って受けた平手だった。こうして新たに入った若い家臣達の教育もすることになった。
信長も他の家臣達も去り平手は残っているその新たに用いられた者達にこうしたことを言うのだった。
「御主達はまずはじゃ」
「はい、まずは」
「何をすべきでしょうか」
「身だしなみは清潔にせよ」
平手が最初に彼等に言ったのはこのことだった。
「よいな、まずはじゃ」
「身だしなみですか」
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