第百五話 岐阜に戻りその十一
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「松永殿は蠍と呼ばれております」
「毒があるか」
「蠍を実際に見たことはありません」
日本にはいない。だから帰蝶も見たことがないがそれは信長も同じだ。蠍というものを見たものは信長の周りには誰もいない。ヨハネスですらだ。
だから帰蝶も蠍自体にはこう言う。だが、だった。
「ですが」
「それでもか」
「はい、蠍にはまず毒があります」
尾の先の毒針だ。毒があるだけでなく形も実に禍々しい。
しかもそれだけではなかった。蠍に他にあるものは。
「鋏です」
「蟹のものじゃな」
「蟹のそれに似てはいますが」
だが、というのだ。
「さらに禍々しく見えます」
「蠍の絵を見ればな」
「形そのものも」
蠍の姿形も禍々しい、帰蝶はこうも言う。
「ですからとても」
「傍には置けぬか」
「若し油断すればその毒針と鋏で忽ちです」
ここから先は言う必要がないまでだった。
「ですから松永殿だけは」
「勘十郎も爺もそう言うがな」
織田家の御意見番達も言うことだった。
「権六も新五郎も言うしのう」
「他の方々もですね」
「言わぬのは猿だけじゃ」
逆に言わぬ者の方が珍しい程だった。松永を除く様に言わぬのは織田家では羽柴だけなのだ。つまり他の者は皆言っているのだ。
「あの者だけが違うわ」
「木下、いえ羽柴殿だけですか」
「あ奴だけはあの者を殺せと言わぬ」
「羽柴殿は頭の回転が早い方ですが」
「しかも目もよい」
人を見る目も備えているという意味である。
「だから頼りになるがな」
「羽柴殿の仰ることなら」
帰蝶は信長の言葉を受けてまずはこう言った。
しかしすぐjに曇った顔でその信長に返した。その言葉はというと。
「ですが今度ばかりは」
「消せと申すか」
「せめてです」
くれぐれもという目、そして声だった。帰蝶はその二つで信長にこう訴えたのである。
「当家では用いられぬことです」
「蠍は傍に置くな、か」
「左様です」
まさにその通りだというのだ。
「それだけはいけません」
「しかしじゃ」
すぐに切り返す信長だった。
「今当家はな」
「近畿もですね」
「手中に収めた。やるべきことは多い」
「だからですか」
「うむ、松永を用いる」
「ではすぐにでも」
「あ奴がその仕事を果たせばじゃな」
「絶対に信じてはなりませぬ」
くれぐれもという口調で言う帰蝶だった。
「若し信じれば」
「わかっておる、何度も言うな」
「それでは」
「しかし何かな」
「何かとは?」
「今帰蝶が言ったことじゃ」
松永が織田家においてすることを終わらせたその時のことだった。そえは一体何かということも話す信長だった。
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