第百五話 岐阜に戻りその五
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「例えば一万の兵を持っておるな」
「はい」
「相手に一万の兵が来ればどうする」
敵の数が同じならどうするかとだ。信長は帰蝶に問うた。
「その場合はどうする」
「私ならばですね」
「うむ、御主ならどうする」
「戦います」
これが帰蝶の返事だった。兵の数が互角ならば。
「戦の場所や軍勢の状況にもよりますが」
「それでもじゃな」
「はい、おおよその場合は」
戦うというのだ。この辺りは気の強い帰蝶らしいと言えた。
信長も妻がそう答えることはわかっていた。それで今度はこう問うたのである。
「しかしそれが十倍の相手ならどうじゃ」
「十万の兵が相手ですか」
「こちらは一万じゃ」
兵の数は歴然たるものだ。
「この場合はどうする」
「長曾我部殿がそうでしたね」
帰蝶は元親の名前を出した。
「あの方はあえて十万の当家の軍勢に向かいましたが」
「あれは考えもあってのことじゃがな」
そこでその武と心意気を見せしかも信長の器も見た。元親は決して考えなく織田家の大軍に突っ込んだ訳ではないのだ。
それでだ。信長はこの場合は別だというのだ。
「あれは特別じゃ」
「まさにそうですね」
「普通はできぬ。しかしじゃ」
「大抵は逃げます」
十倍の兵が相手でもだ。さしもの帰蝶もこう言う。
「相手になりません」
「そういうことじゃ。兵の数が互角なら戦をするが十倍なら逃げる」
「では相手が適わないと思うだけのものを見せれば」
帰蝶は信長が言いたいことがわかっていた。彼は兵の数を例えに出したがそれだけではないのだ。それはあくまで例えでその他のことについても言えるおとだったのだ。
「相手は戦わずして降る」
「殿はそれを目指されるのですね」
「その通りじゃ。そしてそれはおおよそ功を奏してきておる」
丹波や大和、そして播磨といった国々でだ。信長は上洛してからすぐにそうして多くの国を手に入れ多くの者を降し己の家臣としてきた。
だからだ。こう言うのだ。
「それでよいのじゃ」
「戦わずして降していかれますか」
「心を攻めてな」
まさにそうしてだった。
「わしはこれからもやっていく。しかしじゃ」
「殿、そして織田家に対せる相手ならば」
「それは無理じゃ」
戦を避けることはできないというのだ。相手によっては。
「武田にしろ上杉にしろおそらくはな」
「今や兵の数や力では上ですが」
それもかなりだ。天下に織田家の他に五万以上の兵を動かせそうな家はそうはない。ましてやそれが十九万ともなるとだというのだ。
「しかしそれでもですか」
「人としてはな」
信玄や謙信を念頭に置いての言葉だ。信長の今の言葉は。
「わしは武田信玄や上杉謙信とはな」
「負けますか」
「負けぬつもりじゃが」
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