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戦国異伝
第百三話 鬼若子その四

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「去った者はおらんな」
「皆おるぞ」
「一人も去った者はおらん」
「うむ、長い間目を瞑っていると思ったがのう」
「誰も欠けてはおらんわ」
「そうじゃな」
 元親が言ってきた。無論彼もいる。
「ではよいな」
「はい、織田家と一戦交えましょうぞ」
「我等土佐者の力を見せましょう」
「そして何としても生き残り」
「土佐を守り抜きましょうぞ」
「織田信長、決してうつけてはない」
 元親は既に見抜いていた。信長の資質を。
「むしろかなりの者じゃ」
「天下の英傑ですか」
「そうだと仰るのですな」
「その通りじゃ。あの御仁は天下を治められる者じゃ」
 信長はそこまでの者だというのだ。
「その者と一戦交えても生き残る」
「かなり難しいですが」
「それでもですな」
「誰も死んではならぬ」
 十倍以上の英傑が率いる相手でもだった。
「よいな」
「では今より戦の支度をしましょう」
「これから」
 こう話してだった。長曾我部の者達は戦の支度にかかった。一万の兵が一斉にその支度に入ったのである。
 信長が率いる織田軍の主力も阿波と土佐の境に来た。向こう側は土佐の東側である。
 地元の長老から聞いた話を確かめてだ。信長は居並ぶ家臣達に述べた。
「戦に勝てば土佐に東から入る」
「山を越えてですな」
「そのうえで」
「そのつもりじゃ。しかし」
「しかし?」
「しかしとは」
「それには及ばぬかもな」 
 何故か楽しげな笑みで言う信長だった。ここでは。
「一戦交えてな。それでな」
「長曾我部を倒せる」
「だからでしょうか」
「人を攻める、城を攻めるのは下計じゃったな」
 信長は孫子の言葉を出した。彼もまた孫子はよく読んでいる。
「そして人を攻めることこそが」
「はい、上計です」
 すぐに竹中が答える。
「そうあります」
「そうじゃな。それではじゃ」
「長曾我部をですか」
「あ奴の心を攻めてやろうぞ」
 こう言うのだった。
「この戦ではな」
「成程、心をですか」
 最初に納得した顔で頷いたのは竹中だった。その顔に確かな理知を浮かべ安心した顔で信長に応えた。
「そうされますか」
「うむ、それでどうじゃ」
「はい、城を攻めても確かに」
「まず多くの兵が死ぬ」
 このことをだ。信長はまず嫌っていた。
「無駄にな。しかもじゃ」
「一度攻め落としても」
「また謀反を起こすこともよくあることじゃ」
「はい、ですから城を攻めるのは下計です」
「やらぬに越したことはない」
「しかし人を攻めるということは」
「その心を攻めることじゃ」
 一度その心を攻め落とせばそれでだというのだ。
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