第百三話 鬼若子その一
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第百三話 鬼若子
長曾我部の軍勢一万は森が率いる織田家の先鋭一万と対峙していた。その本陣において一人の男がこんなことを言っていた。
頭は剃っていない。黒く濃い毛が白面の上にある。
目の光は強い。この彼子こそが長曾我部元親だ。彼は白面の、人形を思わせる整った顔で己の家臣達に話していた。
「もうすぐ織田家の主力が来るぞ」
「あの十万以上の兵がですか」
「来ておりますか」
「この阿波まで」
「うむ、来ておる」
元親は紫の具足や服の上にやはり紫の陣羽織を羽織った己の家臣達に対して述べた。まさにその通りだとだ。
そしてだ。こうも言うのだった。
「こちらは一万、それに対して」
「織田は十万以上、十二万はいますな」
「相当な戦力差ですな」
「容易には覆せぬまでの」
「圧倒的な差がありますな」
「勝てぬ」
元親ははっきりとだ。家臣達に言った。
「絶対にな」
「勝てぬですか、やはり」
「どうしても」
「夜討ちなり攻めるやり方があるがのう」
一応攻めることも言う。
「しかしじゃ」
「実際に攻めるとなると」
「これはできませんな」
「桶狭間は向こうがやったことです」
その十倍以上の相手に勝った戦だ。
「向こうもやられることは考えておるでしょう」
「ならば奇襲も無理」
「となると」
「下手に攻めても同じじゃ」
元親はこのことも言った。
「勝てぬわ」
「ではどうしても勝てませぬか」
「織田家には」
「その通りじゃ。しかしじゃ」
「しかし?」
「しかしといいますと」
「やらねばならん」
戦、それはだというのだ。
「ここで一戦も交えずしてどうする」
「戦をせずに土佐に帰る」
「そうすればですか」
「そうじゃ。そうなればどうなる」
こう言うのだった。
「その場合はどうにもならぬな」
「織田は我等をなめてきますか」
「そうしてきますか」
「うむ、そうしてくる」
間違いなくだ。そうしてくるというのだ。
「確実にな」
「ではそのまま我等は潰されますか」
「一戦も交えずして土佐に帰れば」
「そのまま土地は取り上げですか」
「折角一つにまとめた土佐を」
「そうなることも考えられる」
元親は信長という人間をまだよくは知らなかった。それでこう言うのだった。
「そうなっては元も子もないわ」
「ですな。これまで我等はかなり骨を折ってきました」
「滅びる寸前から立ち上がり」
長曾我部家は一度ほぼ滅んだ。しかし元親の父である国親がそこから何とか立て直したのだ。そしてそこから土佐の統一を推し進めたのだ。
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