第三十三話 闘争その八
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「あくまで一途にのう」
「そしてそれが裏切られたと思ったからこそ」
「決別になった。バイエルン王とはまた違ってじゃ」
今度は王が話に出て来た。少年時代に彼のオペラをはじめて観てそれから終生彼の全てを愛し続けた美貌の王、ルートヴィヒ二世である。
「彼は王以上に純情であったし」
「そしてワーグナーを一方的にしか見ていなくてそれで片思いをしていた」
「バイエルン王はワーグナーをわかっていた」
王はだというのだ。
「ワーグナーの人間性もな」
「あのかなり問題のある人間性も」
「その通りじゃ」
ワーグナーは女癖の悪さは非常識の域に達していた。すぐに舞台の歌手やダンサーに手をつけるだけではない。パトロンの妻と関係を持ったこともあれば挙句には弟子の妻を奪った。コジマ=ワーグナーはそうして彼の妻となった女性なのである。しかも女性問題だけではなかった。
元々ワーグナーは尊大で図々しい人間だったと言われている。反ユダヤ主義者として有名でもあり極端な浪費家でバイエルン王がその借金の肩代わりをした。己の舞台にバイエルンの国庫から金を出してもらいそのうえ政治にまで口出しをした。失言癖に放言癖もかなりのものであったのだ。
「知っていてそのうえで終生愛し続けた」
「ワーグナーの手管に乗せられていた感もあるとはいえ」
「しかし王はワーグナーを終生愛していた」
これが事実であるのだ。
「ニーチェと違ってな」
「そうですね。まさに」
「ワーグナーは偉大じゃった」
博士はそれは確かだというのだ。
「確かに問題のある人間性にしてもじゃ」
「それでもですね」
「魅力的な人間でもあった」
博士はこうも話した。
「じゃからニーチェも一度は魅了されたのじゃ」
「結果としてそうなりますね」
「ニーチェが生き続けてもワーグナーとの和解はあったかのう」
「どうでしょうか」
ろく子はその伸ばした首を傾げさせながら述べた。
「果たしてそれは」
「なかったかのう」
「私はそう思います」
こう答えるのであった。
「ワーグナーが死んでいたとかそういう問題ではなくです」
「なかったか」
「そう思います。ニーチェは純情でありながら頑固なところもある人でしたから」
つまり一途というのである。だから熱中し嫌いになればそれが何処までも高じていくのである。それがニーチェであったのだ。
「ですから」
「左様か。そういうものか」
「残念でしょうか」
「いや、やはりああなったと思うからのう」
そのニーチェとワーグナーの決別に関する言葉だった。
「やがてニーチェがな」
「ワーグナーをああして一方的にですね」
「見てじゃ。ワーグナーもニーチェに嫌われたからといってじゃ」
「気にする人でもありませんでしたね」
「元々敵の多い人
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