第三十話 智天その二十五
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そうして彼から一旦目を放して。静かにこう言ってきた。
「それではだ」
「ここから出るのだな」
「闘いが終われば用はない」
それはその通りだという。
「それではだ」
「では。ここから出るのだな」
「その通りだ。まさか泳ぐ訳でもあるまい」
「水泳にも興味はある」
いささか冗談めいて言葉を返しはした。
「しかし今泳ぐ用意はしていない」
「では帰るのだな」
「そうさせてもらう。また窓を出てだな」
「後は眠らせている人間達を起こすだけだ」
それで全て終わるという。実にそ素っ気無い調子であった。
「わかったな」
「俺はそれでいい。それではだ」
「帰るとしよう。だが」
「今度は何だ?」
「私は今は人は刈らない」
今度言ってきた言葉はこれであった。
「だが。魔物ならば違う」
「魔物ならばか」
「それだけは言っておく」
彼から顔を放したまま窓の方に歩いていく。見ればまだ窓には穴が開いている。まるで水飴の様に溶けたその穴はそのままであった。
「ではな」
「言いたいことはそれだけか」
「私からは何もない」
「僕としてはね」
今度は目玉が出て来て彼に声をかけてきた。目玉は彼を見てきている。そのうえでの言葉である。
「まさかこんなに早く智天使になれるなんてね」
「そのことか」
「凄いっていうより怖いね」
こう言ってきたのであった。
「それってね」
「怖いというのか」
「段々人間離れしたものを感じてきているっていうかね」
「それはない」
「ないって?」
「俺は人間だ」
一言であった。こう言ってみせた牧村だった。
「それだけだ。他の何者でもない」
「だといいけれどね。じゃあね」
「行くとしよう」
「うん」
死神の言葉にも応える。
「それじゃあね。君も出るんだよね」
「すぐに行く」
「君が出たら窓も元に戻して人も起こすから」
「そうか。ではすぐに出よう」
目玉のその言葉に頷いた牧村だった。そうして彼も前に出た。
そのままプールサイドを出る。窓は元に戻り人々も起きた時には二人はもうプールの駐車場にいた。死神は既にヘルメットを被りハーレーに跨っていた。
「それではだ」
「帰るのだな」
「そうだ。ただしだ」
「さっきの言葉か」
「覚えておくことだ」
今はこう言うだけであった。
「わかったな」
「一応覚えておこう」
牧村の方も言葉を返しはした。
「それではな」
「まただ」
これで話を終えて死神は去った。牧村もであった。彼等が姿を消した後は普通のプールがあった。そこにはるのは日常だけであった。他には何もなかった。
第三十話 完
2010・1・26
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