第十五話 子供その四
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「美味い筈だよ」
「あの店から仕入れているのか」
「スタープラチナのご隠居があそこの社長さんに野球選手のサインをあげて契約取ったらしいな」
「そんなことがあったのか」
「そうだよ。何か名古屋の方のチームの凄いピッチャーのサインをあげてな」
「誰だ、それは」
牧村は今度は紅茶を飲みながらその選手について考えた。茶も見事なものだった。ローズティーである。
「星野か?小松か?」
まずは少し古い選手から考えた。
「それとも今中か?川上か?」
「いやいや、もっと昔々」
「あんたの親父さんも生まれてない時代かな」
妖怪達が考える彼の横から言ってきた。
「もうそれだけ昔のピッチャーだったね」
「俺達にとっちゃついこの前の話だったけれど」
「親父も生まれていないような」
牧村はこの言葉を聞いて頭の中でさらに歴史を掘り起こした。そうして出て来たのは。
「杉下か。フォークボールの」
「その人だよ」
「その人のサインをね。プレゼントしてだったんだ」
「それはまた高くついたな」
彼は杉下のサインとわかってあらためてこう呟いた。
「その選手のサインはな」
「けれどそのおかげでお菓子美味しいんだからね」
「いいことだよね」
妖怪達は選手のサインよりも菓子に心がいっていた。牧村はそうした彼等の言葉を聞きながらそのうえでまた言うのであった。
「確かにこの菓子は美味いな」
「僕達味わかるからね」
「こういうの見つけるのには自信があるよ」
「おかげでわしも喜ばせてもらっとるよ」
博士は酒をちびちびとやっていた。肴は塩からであった。烏賊の塩辛で赤というよりはピンク色の中に烏賊のその白を見せていた。
「いつもいいものを見つけてくれるからな」
「酒もか」
「肴もな」
どちらもだというのである。
「こうしてな。この酒にしろだ」
「日本酒はどれも同じじゃないのか?」
「違う違う」
「全然違うよ」
横で妖怪達が言ってきた。
「日本酒だってね。味が全然違うから」
「いいのは物凄くいいよ」
「そうなのか」
そう言われても実感が沸かない牧村だった。これは彼が酒が飲めないせいであり仕方のないことであった。彼が飲めないのはアルコールの類全てであるが。
「酒も全然違うのか」
「あれだよ。お菓子だってそうじゃない」
「お店によって違うよね」
「菓子はその腕が大きく出る」
彼は言った。
「それこそだ。その職人の腕がそのまま出る」
「それと同じだよ」
「お酒もね」
「そういうことか」
牧村はこう言われてようやく頭ではわかったのだった。しかし実際に飲んだことはないのでやはり頭でだけなのであるが。こればかりはどうしようもなかった。
「酒もか」
「まあ牧村さん飲めないのはわかってるからね」
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