第十話 権天その十六
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「そして井戸は衛生的に不安だ」
「まあ井戸は今は殆どないけれどね」
「それでもだ。やはり不安が残る」
「やっぱりそっちも独特の味だしね」
「そういうことだ。やはり白湯がいい」
「六甲とかのお水もあるけれどね」
「ここは神戸だからな」
その六甲のある神戸である。
「元々その水だがさらに美味くするには」
「そういった工夫が必要だって。お父さんに言われているから」
「あの親父さんの言うことを忠実に守っているか」
「そうじゃないと美味しいコーヒーはできないのよ」
今そのことをはっきりと言う若奈だった。
「だって。お父さんのコーヒーって」
「そうだな。絶品だな」
「ええ。だから」
父の味を生かそうと努力しているのだった。若奈も考えているのだった。
「言われた通りにね。しているのよ」
「それでいいと思う」
とりあえずコーヒーの五分の一程度を飲んでから一旦カップを皿の上に置いての言葉だった。なお彼はコーヒーには砂糖は入れてはいない。
「少なくともあの人のコーヒーは最高だ」
「最高なのね」
「俺は今まであそこまでのコーヒーを飲んだことはない」
こうまで若奈に対して言った。
「あの人のコーヒーが一番だった」
「そうよね。やっぱり」
「ああ。しかしだ」
「しかし?」
牧村はここで話を変えてきた。若奈もそれを聞く。
「どうかしたの?」
「御前のコーヒーもいいな」
「そんなに?」
「ああ。流石にあそこまではいかないが」
だがこのことは前以って言うことは忘れなかった。
「だがな。それでも」
「いいのね」
「かなりな。これはいい」
また言った。
「あと何年かしたら親父さんを超えるかも知れない」
「ちょっと牧村君」
今の牧村の言葉に赤面してしまう若奈だった。その白い顔が一気に朱に染まった。
「それは言い過ぎよ」
「俺は嘘は言わないが」
牧村は謙遜する彼女にこう返す。
「それは知っていると思うが」
「それはそうだけれど」
「舌は嘘はつかない」
こうも言った。
「だからだ。あと何年かしたらきっとな」
「お父さんよりもいいコーヒーを私が」
「このまま努力を続けていればなれる」
また若奈に対して言う。
「必ずな」
「上から目線なのはいつものことだけれどその言葉は好きになったわ」
若奈もまんざらではない感じになっていた。
「何かね」
「そうか。それなら有り難い」
「それでケーキだけれど」
「今度はそちらだな」
「はい、どうぞ」
そのさくらんぼのタルトを出してきた。薄い狐色のパイの中に白と赤の世界がある。見れば紅のさくらんぼの実が幾つもタルトの上に置かれている。
「これはお母さんが作ったのよ」
「奥谷が作ったものじゃないのか」
「これは違うのよ
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