第九話 氷神その七
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「この本にしろ案外近くにあったんじゃよ」
「近く!?」
近くと聞いて目を動かせた牧村だった。
「近くにあったのか、それだけの本が」
「うむ、日本にあった」
「日本に!?」
それを聞いても顔を顰めさせるしかない牧村だった。
「十一世紀のアイルランドの本が日本にか」
「不思議か」
「普通はないだろう」
これは彼の主観ではなく誰もがこう考えることであった。何しろそれだけ過去の本になるとアイルランドですら滅多にあるものではなくしかも日本にあるなどとは誰も夢にも思わないからだ。彼が今こう考えたのも無理もないこと、いや当然のことであったのである。
「日本には」
「ところがそれがあったのじゃよ」
「何故だ?」
「イギリス人が持って来たのじゃよ」
「イギリス人がか」
「名前はウィリアム=アダムスという」
「三浦安針か」
それが誰のことなのか牧村はすぐにわかった。江戸時代初期に日本にやって来て徳川家康に仕えたイギリス人である。その名は東京に地名として残っている。
「あの男が持って来たのか」
「そういうことじゃ。それを徳川家康に献上してのう」
「この本をだな」
「うむ。それが幕末の混乱で徳川家から八条家に移り」
八条学園の理事でもあるその家だ。八条家は代々公家の名門であり明治維新でも討幕派を支援し維新後では公爵になっている。そうした名門なのだ。
「それでこの大学の図書館にあったのじゃよ」
「また随分と数奇な話だな」
「まあ手に入れたのも運命じゃ」
今度はこう話す博士だった。
「思えば君もそうじゃしな」
「髑髏天使か」
「その通りじゃ。五十年に一度世界に現われる髑髏天使」
最早言うまでもない。彼の今闘う理由である。
「それになったのもな。本当に数奇なことじゃて」
「そうだな。だがそれはいい」
「よいのか」
「受け入れると決めている」
これが彼の結論であった。既に決めている。
「だからだ。それはいい」
「その達観ならばこの本の数奇さも受け入れられるな」
「そうだな。俺と同じか」
ここで不思議な親近感を覚えその本を見るのだった。本は何も語りはしない。だが古ぼけたその姿を今牧村にも見せているのであった。
「この本もまた」
「うむ。数奇な運命はよくあることじゃ」
博士はまた言う。
「しかしじゃ。問題は」
「それを受け入れどうするかだな」
「そういうことじゃ。わかっていれば話が早い」
博士の顔がここでまた綻んだ。
「生き残るようにな。最後までな」
「わかった。ではな」
ここまで話して踵を返し部屋を出ようとする。だが扉へ着くその途中で振り向きこう博士と妖怪達に対して告げるのであった。
「羊羹、有り難うな」
「どういたしまして」
「それじゃあね」
妖怪達
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