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ドリトル先生の長崎での出会い
第三幕その五

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「本当にね」
「全くだね」
「いい面と悪い面がある」
「行いだって」
「差別をした人が差別と戦う」
「そうしたこともあるね」
「そうだよ、しかし果たして蝶々さんのお子さんがどうなって」
 そうしてというのです。
「子孫の人達が今生きていたらどうしているか」
「心配だよね」
「本当にね」
「どうなっていたか」
「そのことが気になるよ、あとね」
 ここで先生はこうもお話しました。
「この蝶々さんの象は三浦環って人の銅像なんだ」
「蝶々さんご自身じゃなくて」
「その人の銅像なんだ」
「そうなのね」
「日本で最初に国際的に有名になったオペラ歌手の人でね」
 そうであってというのです。
「蝶々さんを得意にしていたんだ」
「日本人だけあって」
「そうだったんだ」
「その三浦環さんが」
「そうだったのね」
「そうだよ、あと若しかしたら」
 こんなこともです、先生は皆にお話しました。
「蝶々さんの親戚の人達も」
「おられるかな、長崎に」
「今も」
「どうなのかしらね」
「縁を切ったけれどね」
 蝶々さんと、です。
「今もここにおられるかな」
「若しおられたら」
「そうれならね」
 オシツオサレツが言ってきました。
「縁を切ったことを反省して」
「蝶々さんのご冥福を祈って欲しいね」
「とても辛くて可哀想な想いをしたから」
 それでと言うガブガブでした。
「今はそうして欲しいね」
「色々あったと思うけれど」
 トートーも親戚の人達を思って言います。
「今はそうして欲しいね」
「そしてお子さんのことも」
 ポリネシアは蝶々さんのお子さんのことに言及しました。
「思って欲しいわね」
「間違ったことをしても反省してやり直せるなら」
 ジップはそれならと思いました。
「まして子孫の人達に罪はないしね」
「今は素直にだよ」
「蝶々さんの冥福を祈って欲しいわ」 
 チープサイドの家族もお話します。
「是非ね」
「そうだよね」
「そしてここで手を合わせてくれたら」
 チーチーは思いました。
「時々でも嬉しいね」
「この銅像は蝶々さんのお墓でもあるのかしら」
 ダブダブはこう考えました。
「若しかして」
「だったら時々でも手を合わせて祈ってね」
 老馬は心からこの言葉を出しました。
「お子さんの子孫の人達の幸せも願って欲しいよ」
「そうしたら蝶々さんも喜んでくれるかな」
 ホワイティは天国にいる蝶々さんのことに思いを寄せました。
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