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月の向こう側
第一章

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                月の向こう側
 かぐや姫や兎、そうした者達が月にいると聞いたが。
 小学二年生の白鳥忍は笑ってだ、話した友人に言った。顎の先が尖っていて黒いおかっぱ頭で大きな丸い目と赤い唇を持っている。小学二年生の女の子としてはかなり背が高く痩せている。
「いる筈ないよ」
「そう言うの?」
「何度でもね」
 それこそというのだ。
「言うわよ」
「いないって」
「かぐや姫も兎もね」
「いるんじゃないかしら」
「だって月ってクレーターばかりでお水も空気もないのよ」
 忍はこの現実を話した、少なくとも彼女は現実だと思っている。
「だったらね」
「それならなの」
「誰もいないわよ」
 それこそというのだ。
「絶対にね、若しいたらね」 
「どうするの?」
「かぐや姫や兎と記念写真撮るわ」
 そうするというのだ。
「それであんたにその写真贈るわ」
「じゃあその時は贈ってね」
「楽しみにしてて」
 子供の頃だった、忍はこんなことを言った。そうして大人になって結婚して子供が出来てだった。その頃に夫の基次郎、面長で細い目で薄い唇に黒いスポーツ刈りで一七六位のやや太った彼が今は髪の毛をセミロングにしていて子供の頃の顔が大人びたものになっている一七三位の背でスタイルのいい彼女に言った。
「付旅行行こうか」
「地球じゃなくて」
「最近流行だからね」
 それでというのだ。
「行こうか、それもね」
「それも?」
「付の向こう側、裏側にね」
 そちらにというのだ。
「行こうか」
「付の向こう側に」
「何でも大発見があったそうだよ」
 夫は妻に話した。
「だからね」
「付の向こう側に行くの」
「慎吾も大きくなったし」
 夫は自分そっくりの顔の五歳になったばかりの彼を見て話した。
「特別に格安ツアーがあるから」
「それに参加して」
「行かないかい?」
「そうね」
 ここで忍は小学二年生の時に今も付き合いのある友人とかぐや姫や兎の話をしたことを思い出した、それでだった。
 彼等がいないことをこの目で確かめるいい機会だとも思って頷いた、月に行けること自体もいいと思いつつ。
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