第三部 1979年
戦争の陰翳
柵 その3
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だがルジェンコは、カティンの森事件はナチスドイツによるものであると告発した人物だった。
後に露見することになるが、カティンの森事件はソ連NKVDによる虐殺だった。
1940年3月5日にNKVD長官べリヤの提案で虐殺が建議され、スターリンを含む政治局全員が承認したものであった。
長らくこの秘密命令は隠されていたが、1980年代末に自体が動く。
国際的な批判の流れに沿って、ゴルバチョフはしぶしぶNKVDの犯行であることを認めた。
そしてソ連崩壊後の1992年に文書が公開され、NKVDの悪行が白日の下にさらされたのだ。
「この私が辞任すると思うのか。
もし、共産党第二書記長の私が辞任をすれば、ソ連という国家は崩壊する」
スースロフの言に、ルジェンコはたじろいだ。
脇で黙って聞いていた赤軍参謀総長も、困惑の色を浮かべる。
「……と言いますと」
検事総長は、第二書記に問うた。
スースロフは、紫煙を吐き出しながら答える。
「このスースロフが辞職に追い込まれ、政界を退いた場合、ソ連はどうなると思うのかね」
それまで黙っていた参謀総長が、口を開く。
「現在の若手党員らの提唱する世界融和が進むと思いますが」
「絵空事だ!」
スースロフは、途端に嚇怒の色を表した。
「起こるのは、有象無象の輩による新たな権力闘争だけだ」
その場が、まるで雪山のように冷え冷えとした空気に包まれる。
シーンとした静謐の中、スースロフは口を開いた。
「いいかね。
政界に限らず、社会のシステムという物は大きな権力があってこそ、はじめて機能する。
今の小童どもに、そこまでの権力を維持する力はない……」
スースロフは確信をもって、なお続けた。
自分の様なキングメーカーが、ソ連を密々に政治局会議を動かしているということをである。
検事総長は、顔色を変えだした。
「すなわち、このスースロフの失脚はソ連共産党そのものの混乱と瓦解を意味するのだ!」
スースロフは愛用する口つきバタコを取り出すと、火をつける。
およその時間を計りながら、2、3服煙草を吸って、次の話を進める機会をうかがっていた。
スースロフは吸いつけたその煙草を斜めに持って、参謀総長の方を向く。
「同志参謀総長!貴様がちょろちょろと動き回っているのをこの私が知らんと思うか」
そのとき、彼は語気つよく参謀総長へ言い放った。
小賢しい奴めと、腹のそこから怒ったとすら聞えるほどな語気だった。
「それほどまでに権力が欲しいか」
第二書記は、目の前に立つ男に、まず、訊ねた。
「い、いえ」
参謀総長は、濁りのない声で、言いきった。
「欲しいなら、くれてやってもいいぞ」
「エッ!」
「だがな、お前のような尻の青い小僧っ子に国家が動かせるか」
蒼白
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