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モラルハザード
第一章

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                モラルハザード
 一次大戦後のドイツは経済が完全に崩壊していた、連合国が要求する多額の賠償金に一次大戦で受けたダメージとあってだ。
 経済は完全に崩壊した、そして崩壊してしまったのは経済だけでなく。
「またこういうのが出て来たか」
「人食いの殺人鬼か」
「ペーター=キュルテンか」
「フリッツ=ハールマンなんてのもいたな」
 喫茶店の中でだ、初老の男二人が話していた。一人はアルノルト=バーデンといい白髪の太った男だ。もう一人はピーター=クラウスという痩せた口髭を生やした男だ。同じ工場で働いているが正直生活は苦しい。
「碌でもないのばかり出るな」
「今のドイツはな」
「こんなのじゃなくてもな」
 食人に溺れる殺人鬼だけでなくというのだ。
「殺人やら強盗やら」
「かっぱらいも多いしな」
「今のドイツは碌なことが起きないな」
「犯罪ばかりだな」
「もう何をしてもいい」
「どうせどうにもならないんだって思ってな」
 二人にしてもやさぐれた顔で質の悪いコーヒーを飲んでいる。
「金もないし仕事もない」
「あっても周りが荒みきっている」
「パンすらどうなるかわからないんだ」
「ジャガイモだってな」
「そりゃこうもなるな」
「今のドイツはな」
「ったくよ、どうにかなって欲しいな」
 二人は心から思った。
「戦争に負けてから碌なことがない」
「何一ついいことがない」
「街を見たらな」
 二人は今度は自分達が暮らしているハンブルグの街を観た、喫茶店の窓からそうしたが見掛けるのは。
 ドイツの街並みに工場、そしてみすぼらしい服を着た孤児に死んだ目の労働者達そして荒んだ顔の娼婦達だった。
 彼等が沈んだ空の下の街でいた、二人はその全てを見て話した。
「酷いものだ」
「本当にいいものがないな」
「誰かどうにかして欲しいが」
「犯罪にしてもな」
「金もない仕事もないでな」
「どうにもならなくなった今のドイツをどうにかしてくれ」
 彼等は苦りきった顔で言ってだった。
 コーヒーを飲んだ、そのコーヒーはまずいと感じた。
 だがそのハンブルグの街で鍵十字を背にした男達が行進し演説をはじめていた、そして赤旗を掲げる者達とも衝突していた。
 ミュンヘンにだ、口髭の男が出て演説をしきりに行っていた。すると。
「ナチスか」
「若しかしたらやってくれるか?」 
 工場の中でだ、バーデンとクラウスは話した。
「色々言ってるけれどな」
「この状況を解決してくれるか」
「金も仕事もない」
「街には犯罪が溢れていて荒みきっている」
「人食いまで出る」
「そんな状況を何とかしてくれるのか」
 彼等は僅かだが希望を感じだしていた。
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