第二章
[8]前話
「おかずに豆腐あるな」
「安かったさかい随分買うて」
それでというのだ。
「桶ん中にあるわ」
「重かったやろ」
「重うても皆お豆腐好きやし」
「頑張って家まで持って来たんやったな」
「そやで」
「ほなその豆腐でや」
妻に笑って話した。
「お酒飲むけどな」
「飲むけど?」
「その時柚子使ったらええわ」
こう言うのだった、手は今も簪を作っている。お喋りをしていても仕事を忘れることは決してなかった。
「刻んでな」
「雨に濡れても」
「そやから濡れてもや」
雨にとだ、永五郎はまたこう言った。
「別にや」
「柚子にはかんけいないんやね」
「そやからな」
だからだというのだ。
「もうな」
「それでええんやね」
「ええわ、このままな」
「雨に濡らしてくんやね」
「そして夜や」
「柚子を刻んで」
「お豆腐や酒にな」
そうしたものにというのだ。
「入れるんや」
「そして飲んで食べるんやね」
「そうするわ」
笑顔で言ってだった。116
永五郎は簪を作り続けた、雨が止むと少し経ってから子供達も長屋に戻って来た。そして長屋の子供達と遊び。
夜には家に帰って来た、そして一家で夕食となったが。
豆腐、冷奴のそれを食って永五郎は言った。
「美味いわ」
「そやねんね」
「豆腐自体も美味いが」
それに加えというのだ。
「柚子がな」
「ええんやね」
「そや」
まさにというのだ。
「最高や」
「そやねんね」
「酒もな」
こちらも柚子が入っている、それを飲んでまた言った。
「こっちもな」
「美味しいんやね」
「ただの柚子やないわ」
こう言うのだった。
「不思議と普段の柚子よりもな」
「美味しいんやね」
「雨で冷えたせいか、いや」
「いや?」
「これが風流やろか」
その酒を飲みながら言うのだった。
「雨の中に出したんがな」
「それで濡れたんがかいや」
「風流でな」
それでというのだ。
「尚更な」
「美味しいんやね」
「そうやろかな、これはええわ」
女房に笑って話した。
「これからも柚子があって雨が降ったら」
「雨に打たせて」
「それから食うわ」
その柚子が入っている冷奴それに酒を楽しみつつ言った、そして実際にそうした柚子が彼の密かな楽しみになった。大坂の古い話である。
柚子時雨 完
2024・2・14
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