第一章
[2]次話
柚子時雨
大坂はこの時雨だった、それでも簪職人の永五郎は長屋の自分の家の中で仕事をしながらこう言った。
「雨は関係あらへんからな」
「簪作るにはやね」
「ああ、雨も降らんと困るし」
女房のお里にこう言うのだった、二人共中年でお里はおかめの様な顔をして頬が赤い。永五郎は色白で垂れ目で剽軽な感じである。
「それでや」
「何とも思ってへんねんやね」
「ああ、別にな」
「そやねんね」
「それでこの雨時雨やろ」
永五郎は今度は雨の種類の話をした。
「それやと尚更な」
「どうでもええんやね」
「ああ、そうした雨やったら尚更ええわ」
そうだというのだ。
「困るのは大雨は」
「それやね」
「大雨降って川が溢れたらな」
そうなればというのだ。
「ほんまな」
「ことやね」
お里もそれはと返した。
「ほんまに」
「そやろ、大坂はあちこち川に堀があるさかいな」
「大雨でも降ったら」
「その川や堀からや」
「お水が溢れて」
「ごっつい大変なことになるわ」
そうなるというのだ。
「そやからな」
「大雨はあかんね」
「野分してな」
「そやねんね」
「そや、時雨は別にええわ」
「そやけど」
ここでだ、お里は。
自分達の家の窓のすぐ外を見てだ、永五郎に言った。
「永吉とお花は寺子屋でね」
「勉強してるな」
「帰る頃には雨が止んでたらええね」
「そやな、それはあるな」
永五郎もそれはと返した。
「その時まではな」
「雨が止んで欲しいわ」
「そやな」
「それに」
お里は窓のすぐ外を見たままだ、そのうえでまた言うのだった。
「実は柚子外に出してたけど」
「昨日お店で買ったあれやな」
「雨に当たってるわ」
「そやねんな」
「出さんといたらよかったわ」
「別にええやろ」
夫は女房に平然として返した。
「別にな」
「ええのん」
「雨に当たって柚子の味が変わるんかいな」
「そんな話あらへんね」
「そやろ、別に濡れてもな」
そうなってもというのだ。
「柚子は柚子やさかいな」
「ええんやね」
「そや、それで今日の夜な」
妻にさらに話した。
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