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ボロディンJr奮戦記〜ある銀河の戦いの記録〜
第109話 遺していくもの
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かもフェザーンは今、自治領主が暗殺されるという事態に直面しております。帰路の安全性を考えますと大切な証拠の品をお預かりするのは……」
「次の自治領主の名前」
「……お受けいたしましょう。時間制限なしでよろしければ」

 スッと、ラヴィッシュ氏の優しい夫の目がフェザーン商人の目付きへと変わる。唖然とする若妻をよそに、俺はペンで紙ナプキンに黒狐の名前を書く。

「事態は流動的で正解ではない可能性はあります。それに二週間後には誰もが知る話ですが」
「人の知らないことを一秒でも早く知ることがどれだけ貴重か。中佐は充分ご存知でしょうに」
「ドミニクはあの男のことが嫌いかと」
「私も大嫌いです。国家を率いるだけのパワフルさを持ち合わせた男だとは思いますが、あの男は奥様とではなく奥様の財布と結婚した男です」

 それがラヴィッシュ氏の本音かどうかは分からないが、氏のイケメンな顔に憤怒の成分が含まれている。親でも国でも売り払う人々にしては意外だ。顔面の操作ができる男なのかもしれないが、俺の不審さを感じとったのか、氏は怒りを力づくで表情から消し、太腿の上で手を組んで応えた。

「私の同級生はあの男に捨てられました。絶世の美人ではありませんでしたが、実にフェザーン人らしくない、温厚で暖かい心の持ち主でした。そして若くしてあの男との間にできた子供を残して亡くなりました」

 俺の喉を唾が落ちる。子供が誰であるかが容易に想像できる上に、表には容易に出せない黒狐のスキャンダルを異国人である俺に話している。聞き耳を立てている黒狐の手先が居れば、ラヴィッシュ氏もミリアムも、そして独立商船ランカスター号も危うい。

「私達同級生もまだ貧しく、ようやく各所で見習いになったばかり。それでも彼女のことをバカにするものも多くいました。愛より実利を取るのは当たり前……確かにそうかもしれませんが、恨み言一つ言わずに一人で子供を育てる彼女の姿を見れば、それがどれだけ空虚かわかるというものです」

 そんなだから三〇過ぎても独立商船の機関長にしかなれないんでしょうね、とラヴィッシュ氏は自嘲気味に肩を竦める。原作では才走ったところはなく美男子でもないという話だったはずだが、普通にイケメンだし篤実だし、氏がローザス提督をして孫娘を託すに足りると見込んだ男に間違いはない。そもそもミリアムの審美眼のレベルが高すぎるのかもしれないが。

「そういうわけで私は、ミリアムからのお願いだけでなく、ドミニクオーナーと中佐の一件も含めると協力的にならざるを得ないわけです」
「あの男と対するのは危険かと思われますが」
「承知しておりますとも。ですがあの男でもこの国は独立商人の集合体であり、それぞれは独立・自由の精神を宿しているということを、変えることはできないのです」

 だが
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