第10話 海が凪ぐ Part.3
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川崎市の銀柳街、中華料理屋の天龍にて。夕方の早い時間であるが、それなりに人の賑わいがある。シーパラダイスを出た後、瑞貴と桃香は夕食も一緒にすることにした。
「今日は楽しかったよ。いいのか?色々奢ってもらっちゃって」
「いいって。カッコつけたいだけだから。俺のほうこそ、急に誘ったのに来てくれてサンキューな」
「ここは割り勘だからな!さすがに申し訳ないから!」
しきりに割り勘を強調する桃香に気圧され、特に拒否する理由もないため了承しておく。
「ああ。分かった」
「そう言えば白石って水族館、好きなのか?」
焼き飯や餃子、唐揚げに囲まれたテーブルで頬杖をつきながら桃香が尋ねる。
「うん、よく巡ってるよ。水槽眺めてると、なんか落ち着くんだ。自分の悩みがちっぽけに思えたり、心が無になったりするっていうかさ」
「けど、確か水泳の授業いつも見学してたよな?もしかしてカナヅチ?」
「…それは言いたくないな。せっかくだから今日は、お互いに楽しい気持ちで終わりたい」
瑞貴の表情が曇る。瑞貴は高校生の時、夏でも制服は長袖のシャツを着用していた。男子は何か事情を知っているのか同情に近い視線を彼に向けているように感じたが、女子にとっては永遠の謎であった。彼は学級委員長、サッカー部のエースストライカーでありクラスの中では所謂一軍男子というやつだ。おいそれと長袖の理由を聞きに行く勇気のある女子はいなかった。刺青がある、ヤクザと関係があるなど根も葉もない噂ばかりが一人歩きしていた印象である。
「そ、そんなにヤバいことなのか?」
「ああ…お前に嫌われてしまうのが怖いんだ。絶対に引かれるし、知られたくない」
「他人の事情にずかずかと土足で入り込みたくないけど…私は白石のこと、もっと知りたい!」
かく言う桃香も瑞貴の長袖姿を遠巻きに眺めていた1人であった。複雑なところに立ち入らないように。人にはそれぞれ事情があるから。しかし彼と時間を過ごすうちに桃香は、もっと知りたいと思うようになっていた。自分の歌を好きになってくれた、そして自分を初恋だと言ってくれた白石瑞貴という男のことを。
「…分かった」
瑞貴が何かを決意した表情になった。その後は2人とも無言で中華料理を平らげる。会った時の気まずい空気ではないが、武士が刀を抜刀する直前のような張り詰めた空気感だ。桃香は少したじろぐものの後には引けない。瑞貴の個人的事情をしっかり受け入れようと覚悟を決めたのだった。
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