第106話 憂国 その6
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宇宙暦七九一年 三月 ハイネセンポリス
「ところで中佐の仰る躾のなっていない飼い犬の飼い主とはどなたの事ですか?」
一度公共タクシーで公共公園に向かい軍服に改めて着替えた後、今度は軍政務官用地上車を呼んで道端で待っていたチェン秘書官が、俺の真正面に立って問うた。その眼力はいつになく座っていて、あの時のような殺気とは異なる怒りと迷惑加減に溢れている。
「ヨブ=トリューニヒト先生のことだけど?」
比喩も暗喩も認めなさそうな雰囲気だったので俺も簡明直截に応えると、チェン秘書官の瞳が点になり細く整えられた眉の右片方だけが吊り上がる。恐らくは彼女の二番目のご主人様の名前だと思ってたので、その反応も納得できるし、そう俺が思っていることも理解しているだろう。
もしかして飼い犬とは憂国騎士団ではなく自分のことを言っているのか、という疑念に対する不愉快さが籠っているのは明らかだ。彼女の本当のご主人様は四五〇〇光年先の自治領主なので、こんな『田舎の若頭』の飼い犬呼ばわりなど、正直言って耐えられないに違いない。
以前の彼女であれば、鈍い俺にすら勘づかれるような表情などしなかったはずだ。自治領主が狙われている、その現実が彼女からそういった余裕を失わせているのは間違いない。
「……今から国防委員会理事閣下にアポイントを取るのは、些か」
今度は明らかに『造った』不承不承という表情で、チェン秘書官は右手首に下がる端末に視線を落とす。恐らく二二〇〇時は回っている。こんな時間に与党の重鎮であるトリューニヒトにアポを取るのは、将来的にどうなんだという意味も込められているが、憂国騎士団をぶちのめした今の俺にとってみれば大した意味はない。
問いに対して言葉ではなく好青年将校スマイルで応じると、チェン秘書官はパッドで威圧感マシマシの肩を窄めてから手首の端末で連絡を取り始めた。連絡先は流石に悪霊氏ではないようで、チェン秘書官の強めの口調に戸惑っているようだったが、すぐにトリューニヒトの居場所を教えてくれた。
「どうやらトリューニヒト先生は、まだ議員会館でお仕事されているようですわ」
「議員先生が勤務熱心なのは、国家としては歓迎すべきことだと思うね」
「ご承知のことで?」
「まさか自分が当事者になるとは思いもしなかったけどね」
有力理事とはいえ、まだ国防委員長でもないトリューニヒトにとって、私兵である憂国騎士団の『成果』をどこかで待っていることは充分に想像できる。マスコミへの影響力はパトリック氏に尻尾を掴ませない程度までに浸透しているが、確実と言い切れるわけでもない。何かあったら即対応できるように動きのとりやすい場所で、ジッと吉報を待っていることだろう。
「行こう。こちらからアポを取っておいて、あんまりお待たせしては申し訳
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