第三章
[8]前話
「今回はええ、そして売るで」
「その酒を」
「これからも酒に灰を入れてな」
「澄ませて」
「そしてや」
そのうえでというのだ。
「売るで、ええな」
「わかりました」
治郎吉だけでなく留吉と半助も頷いた、その澄んだ酒を売ってみるとその澄み具合が奇麗なだけでなくだ。
飲んでも美味く飛ぶ様に売れた、それで店は繁盛しあまり怒らない様に主に言われた茂三も驚き言った。見れば牛蒡の様に色黒で痩せた男だ。
「いや、そうなるとは」
「思わへんかったな」
「はい」
主にこう答えた。
「ほんまに」
「そやな、わしもや」
「驚いてますか」
「灰からそうなるとはな」
「そうですね」
「それでどないや」
主は茂三に問うた。
「新しい相手出来たか」
「はい、前のは随分浮気者でしたが」
「今度はちゃうか」
「可愛くて身持ちのええ」
「しっかりした女か」
「これが」
「ほなその女と夫婦になるんや、そしてこれからはな」
茂三を祝いつつ注意した。
「女のこと、他の些細なことで八つ当たりはや」
「せんことですね」
「八つ当たりは自分に返って来るわ」
「嫌われますね」
「当たられた方もわかるしな」
八つ当たりをされているとだ。
「そうなるさかいな」
「そやからですね」
「こうしたことはな」
絶対にというのだ。
「せんことや、ええな」
「気を付けます」
「そうするんや」
茂三は恐縮するばかりだった、主はその彼に確かな声と顔で言っていた。以後彼が八つ当たりをすることはなかった。
大阪の鴻池に伝わる話である、澄んだ酒即ち清酒はこうして生まれたという。思わぬところから出た酒である、しかし今では多くの者それも世界的に飲まれ愛されている。そうなったことは八つ当たりからはじまったとは実に面白いことであると言えるだろうか。酒を飲むにあたって思い出すと尚更かも知れないと書いて筆を置かせてもらう。一人でも多くの人がこの話から知ってくれればこれ以上有り難いことはない。
澄まし灰 完
2024・5・13
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