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冥王来訪
第三部 1979年
冷戦の陰翳
険しい道
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として好まれたのが、西ベルリンへの移住である。
西ベルリンは西独の勢力圏ではなく、米英仏の支配地だったからだ。
 兵役忌避者で、大学入学資格を持つものは、西ベルリンのベルリン自由大学への入学を希望するのが一般的だった。
西独では大学入学資格を持っていれば、入試なしに、他の大学に自由に移籍できる制度があった。
その為、大学入学資格を持つものは、空いているほかの国公立大にはいた後、ベルリン自由大学に移ることが続発した。
 そこで上級生からヒッピー思想や環境問題を刷り込まれ、反戦反核運動に身を投じる者も少なくなかった。
1968年の学生運動以降、そういった卒業生たちは、自分たちが忌み嫌った官界に大挙して入るのが時流だった。
その問題に関しては、後日改めて話をしたい。

 さて、テオドールを取り巻く環境は厳しかった。
実科学校や職業訓練校に行けば、兵役の際に有無を言わさず、兵卒に回される。
雑誌プレイボーイやビルトなどの記事を見れば、西側の軍隊でも厳しいしごきやいじめはある様だ。
米国では、ベトナム戦争に従軍した兵士が、今でも、前線でのPTSDによる後遺症で苦しんでいるという。
 軍が運営する孤児院にいたテオドールは、東独軍内部の不条理を実体験として知っていた。
ソ連赤軍に逆らう事の出来ない東独軍と、慢性化したソ連の新兵いじめ(ジェドフシーナ)
 西ベルリンに移住するにしても、移民の子だから、審査は厳しい。
それに壁の向こうは東独なのだ。
シュタージや国家人民軍の影がちらついて、落ち着く暇もなかろう……

 テオドールの思考は、ここで途切れた。
誰かが、東ドイツに関して話しているのを耳にしたからだ。
 思わずそちらの方を向き、耳を澄ます。
東独での習慣で、噂話という物に敏感になっていたからだ。
 声の主は、50歳ぐらいの太った紳士と、中年婦人だった。
裸で、浴槽のヘリに腰かけながら、身振り手振りをし、熱心に話をしている。
「なんでも、今度の事件では、議員や官僚だけじゃなく、情報機関まで捜査されたそうね……
どこにスパイがいるかなんて考えると、本当に怖い話だわ」
「奥さん、今はこのドイツにも東側の間者が沢山いますからね。
知り合いだと思って、うっかりして、いろんなことを話せない時代になりましたよ」
 丸坊主の壮年の男が、相槌を打つ。
彼は見た感じ、ユダヤ人であることが分かった。
「いや、恐ろしい話ですな。
ソ連を調査する軍事諜報(MAD)の対外調査部長が、KGBなんて……」
「全くですな。
こう言う時世だから、気を付けねばいけませんよ」 
 ローマン・アイリッシュ浴場の天蓋の中に、笑い声が響き渡る。
西ドイツも、東と同じようにある種の監視社会なのだな……
 再び回想に入り始めようとしたとき
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