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冥王来訪 補遺集
第二部 1978年
原作キャラクター編
親子盃
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ヴィッツ少将の手助け無くしては容易に事も成せぬ事を実感してきた。
祖国や民族の為に、わが身を捨てる覚悟は十分できていたつもりだ。
だが、妹の事となると……
(あふ)れ出る涙を拭うのも忘れ、男の注いだ酒を一気に呷った。

 思えば(おの)が夢は、幼い頃より父母の代わりに妹の事を立派に育て上げ、白無垢の花嫁衣装を着せて送り出す事であった。
もしそれが、どの様な形であれ、叶うのならば……。
一種のあきらめに似た感情が、彼の心を支配し始めた。


「何れにせよ、ミンスクハイヴの攻略が成された今。米ソの対立構造や、欧州の安全保障環境は変わる」

 戦後30有余年、ソ連隷属下にあった東ドイツは資源・食料を通じ、深くソ連経済圏に依存してきた。
伝統的にドイツは、1871年の帝政時代以降、ロシアとの密接な関係こそが重要。
故に、アメリカやEUとは、距離を置くべきだとしてきた。

 親ソ反米は、何も東ドイツばかりではない。西ドイツも似たような考えであった。
彼等の運命は、敗戦の恥辱(ちじょく)を受けながら政体を残し君主制を維持出来た日本と違い、悲惨であった。
ソ連のシベリア抑留による500万人強の拉致に及ばず、米英占領地で100万人強の喪失……
鉄条網の引かれた荒野に軍事捕虜たちは放置され、飢餓やコロモジラミが媒介する発疹チフスなどの疫病に苦しんだ。
 ドイツ占領軍の対応も不味かった。
書類上にある捕虜の身分を変更し、米軍に責任が及ばぬようにし、食料供給を意図的に減らした。
英仏軍の、恒常的な虐待も大きかろう……
 ドイツ国民の中には(ぬぐ)えぬ不信感が醸成(じょうせい)されることになった。


 ハンカチで目頭を押さえた後、ユルゲンは立ち上がり、男に深々と頭を下げる。
「では、明日もありますので失礼します……」
「何かあったら俺の所に来い……」
ユルゲンは無言で静かにドアの前に行くと、其のまま部屋を後にした。

男は、立ち去ったユルゲンに呼び掛ける様に、一人(つぶや)く。
「俺がお前たちにしてやれることと言ったら、仮初(かりそめ)でもいいから家族の愛を知らせてやりたかったのだよ……。
シュタージに愛を引き裂かれた男に本当の愛をな……」



 ユルゲンと、議長の、親子の契りを結ぶ儀式は、吉日を選んで行われた。
伝統を否定する前衛党に、儀式とはと思う読者も、おられるかもしれない。
だが、共産党の歴史は大本を辿れば、19世紀のマルクスの時代に戻る。
マルクスの時代にプロイセン王国によって非合法化された共産党組織は、組織隠蔽(いんぺい)の為に、秘密結社の儀式の多くを導入した。
 その様な歴史的経緯からか、党の入党の儀式は重要視された。
選挙を通じ、議会に入り、政権奪取を狙う
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