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月への逃避行
第三章

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「月ですか」
「月に住ませたのですか」
「あの場所に送り」
「そのうえでずっとですか」
「暮らしてもらいます、月は私の場所です」
 オリンポスで自分に仕えて者達にこのことを話した。
「ですから」
「それで、ですね」
「あの場所に匿い」
「そして暮らしてもらいますね」
「今後は」
「ギリシア、ヘレネスの場所にいられないなら」 
 それならというのだ。
「私の場所に行けばいいのです」
「そうですね」
「それが月ですね」
「月に入ってもらい」
「そこで暮らしてもらいますね」
「これからは」
 こう言ってだ、そうしてだった。
 アルテミスは二人を自分の場所である月で暮らさせた、そうすると彼等の家もどうにもならなかった。
 その状況を見てだ、オリンポスの主神であり天空と雷を司どる神のゼウスは彼女に言った。
「考えたな」
「二人を月に送ったことは」
「うむ、ああすればな」
 ゼウスはアルテミスに共に食事を摂る中で話した。
「確かにだ」
「人はどうにもならないですね」
「うむ、これであの二人は幸せにだ」
「暮らせます」
「誰にも邪魔されずにな」
「それで送りましたが」
「いい考えだ、ではな」
 果物、丸く黄色い柑橘類を口にしつつ話した。
「これからもあの二人にだ」
「人の世ではどうしても結ばれない者達を」
「そなたがいいと思った者達はな」
「月に匿うのですね」
「月に逃げれば今は人はどうにも出来ない」
 ゼウスは言い切った。
「だからな」
「これからもですね」
「宜しく頼む、月にも色々な神界の神々が関わっているが」
「少なくとも今人ではどうにもなりません」
「だからな、これからもな」
「この世で結ばれない二人は匿っていきます」
「宜しく頼む」
 こう娘神に告げた。
「これからもな」
「人の世で結ばれないのなら」
 アルテミスはふと自分のことも考えた、恋愛では幸せになることの出来ない自分を。だがそれでも言うのだった。自身の悲恋を心に収めて。
「月。私の場所で」
「結ばれてだな」
「幸せになってもらいます」
「いいことだ。正しき人間達を助けるのもだ」
「神の務めですね」
「だから頼む、正しき者達は幸せにならねばな」
 ゼウスは確かな声で言った、そしてアルテミスを讃えた。月の女神は父神の言葉に誇らなかった。ただ人の世界では結ばれない恋人達を救い月に逃すだけだった。だがそれにより多くの恋人達が幸せになった。ギリシアの古い話である。


月への逃避行   完


                  2024・5・15
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