第105話 憂国 その5
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白いハンカチが握られている。
「先程は失礼なこと言ってすみませんでした。これ、使ってください!」
頭を深く下げながら差し出された白いハンカチを取る俺の両手には、血糊がハッキリとこびりついていたので、「ありがとう」と応えて遠慮なく受け取り、手を拭う。それで『汚れ』が落ちるわけではないのだが、先程までの獣性も興奮も自虐も諦観も、少しずつ落ちついていく。
目立たない程度まで拭き取られた手を見つつ、ハンカチを女子学生に返そうとした時だった。ソーンダイク氏もその女子学生も、何なら集まっている聴衆全員の視線が俺の背中方向に集中していた。規則正しくかつ力強いヒールが床を叩く音だけが聞こえてくる。
そしてその音は、俺の真後ろで止まる。
「中佐。一体どういうことですか、これは?」
何の感情もこもっていないカミソリのように冷たい詰問。振り向けば、そこには黒の上下に白いブラウス。化粧は薄めで、誰もが振り向く『出来るイイ女』のテンプレ。
「まぁ、大したことじゃないよ」
残念ながら間に合わなかった魔法淑女を前にして、俺はハンカチをポッケに突っ込みながら、肩を竦める。
「今来たばかりで申し訳ないけど、これから一緒にドライブに行きたいんだが、いいかな?」
「どちらまで?」
明らかに不機嫌といったオーラを醸し出すチェン秘書官に俺は言った。
「躾のなっていない飼い犬の、飼い主のところへさ」
無用な怨恨を背負っただけかもしれないが、それでも不当に傷つけられる人間が今この瞬間だけでも減ったことは、後悔したくはないと俺は思った。
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