第105話 憂国 その5
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済んでますか? ソーンダイク先生」
「それは……たぶん済んでいると思うが」
見渡す視線に誰も応えないので、ソーンダイク氏は深く溜息をつくと、改めてポケットから自分の携帯端末を取り出して通報した。だが数秒遅れで繋がった治安警察の通信指令センターと話をする氏の、その横をすり抜けるように中年の男が俺の前に立ちはだかると、笑顔を浮かべて血に濡れた俺の手を取った。例によって両手で包み込むような握手。
「ビクトル=ボルノー君、というのかね。私はグエン・キム・ホア平和総合研究会のマヌエル=マクレガンだ」
最初に演壇に立った男。恐らくはソーンダイク氏を干した側の人間だろう。あまり好意的になる要素はないが、挨拶は挨拶だ。俺は世間一般で失礼に取られない程度の無表情で小さく目礼する。
「君の助力に感謝するよ。君は強いね。どうかね。講演会の後で食事でも」
未だ『暴徒』が回収されず、聴客が見ている前で勧誘し、自分の仲間か手下に取り込もうという仕草。あまりにも露骨でセンスがない。だいたい簡易武装した集団を相手にできる人間など、陸戦訓練を受けた軍人以外にはありえない。それに気が付かないのもどうかと思うし、名前も今日知ったばかりの一見参加者をいきなり食事に誘うなど、危機意識もなければ上から目線の思い上がりも甚だしい。
もしトリューニヒトが今の彼の立場であれば、まず治安警察への通報と聴客へのアナウンスは別として、ハンカチを出して俺の手を拭き、身体に異常がないか問う。そして危機に際して、協力して動こうとしなかった自分の非を俺に深く謝罪する。ついでこの騒動の後始末について(負うつもりはなくとも)責任は私達が全て請け負うと言うだろう。その上で治安警察等によって俺が不当に扱われるようなことがあれば必ず手助けすると言って、連絡先を書いた名刺を渡す。その名刺の裏に『是非、お礼に一度お食事でも』と書いて……
いいか悪いかはともかく、そういった相手に『配慮』ができない人間が幹部を務めている状況は、政治組織としては致命的だ。延々と一五〇年も戦い続けて、近親者に戦死・戦傷した人間がいない人間を探す方が大変なはずなのに、和平を求める人間が少数派なのは、受け皿となるべき党派の惨憺たる政治センスのなさも要因の一つだろう。相手がそういう方面では抜群のセンスを持つ怪物とはいえ、学生サークルのお遊びの延長のような状況なのは同盟の健全な政治バランスを確保する上でもいただけない。
現時点でトリューニヒトと憂国騎士団の関係は主従と言うべきなのかまでは分からない。ただソーンダイク氏を爆殺するような政治テロを、トリューニヒト自身は事前に知っていれば許さないだろう。この襲撃も同様に『リードが外れた飼い犬』の暴走というべきだろうが、『襲撃しなければ今後不利になる』というレベルの権威
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