第三部 1979年
迷走する西ドイツ
暮色のハーグ宮 その1
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、どうでもいい事であった。
彼らのような東欧移民は10代で国を捨てて、米国に帰化し、国土への愛着や愛国心はさほどない。
所詮は、自分の立身出世の階段にしか過ぎないという考えであった。
蘭王室の王配殿下も、国家をまたぐ貴族階層であったから彼らに似た面はあった。
だが、それでも地主貴族の出であったエリートにとって、東欧移民とはそりが合わなかった。
それ故に、この重大局面で仲たがいが起きたのだ。
視点を再び、西ドイツに戻してみよう。
ボンの首相府では、今後のドイツ政界に関して話し合いが行われていた。
政権与党のSPD、FDPの他に、野党であるCDUなどの各会派が呼ばれていた。
「ぎ、議会の解散ですって!
ぶ、ブラントさん、本気ですか」
居並ぶ各党の幹事長、書記局長を前に、SPD党首のヴィリー・ブラントの意志は固かった。
彼は、この木原マサキ事件の決着として、ドイツ両院の解散と、ヴァルター・シェールの大統領選挙の不出馬を主張したのだ。
「無責任な発言は困りますよ……
未だ月面攻略作戦が実施されていないのに、議会の解散なんって……」
FDPの党首を兼任するゲンシャー外相が、悲憤を込めて言い放った。
今の首相のシュミットはSPDの出身だが、党首ではなかった。
実際の党首は、ヴィリー・ブラントであり、彼の意のままに政権は操れたのだ。
「こればかりは納得がいきませんよ!」
西ドイツの暫定憲法であるボン基本法では、議会の解散権は非常に制限されたものだった。
首相が議会の信任を得られない状態に陥って、初めて議会の解散を大統領に提案し、そこから解散するという非常に込み入ったものだった。
それまで黙っていたブラントは、たちどころに赫怒した。
「このたわけが!
この中でNSDAPに関わっていない者がどれだけいるか!
ビルダーバーグ会議と一切かかわりのない人間がいるか!」
ブラントは、異色の経歴の持ち主だった。
本名は、ヘルベルト・エルンスト・カール・フラームといい、私生児だった。
父はヨーン・メラー、母はマルタ・フラームで、生涯、父に会うことなく育った。
第三帝国時代は、ノルウェーに亡命し、SPDの左派である社会主義労働者党に所属した。
その時代に、ヴィリー・ブラントのペンネームを用いて、ノルウェーの新聞社に潜入し、敗戦まで過ごした。
ニュルンベルク裁判の際、ノルウェー軍将校として帰国し、ふたたびSPDに復職した人物であった。
だから、NSDAPに関しても、ビルダーバーグ会議も自由にモノが言えたのだ。
他方、社会主義者や共産主義者に関してはかなり甘いものがあった。
中央偵察局所属のギュンター・ギヨーム大尉を私設秘書として可愛がり、各国首脳との会談にも参加させたりした。
それには
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