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ボロディンJr奮戦記〜ある銀河の戦いの記録〜
第104話 憂国 その4
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立つどころか、スパイでもない一見参加の軍人にべったりと着いて、周りに聞こえない程度の小声で囁いているというのはどういうことか。

「息子達の命を奪った戦争は今でも憎い。その戦争を食い物にしている奴らはもっと憎い。政治家も軍人も自分達の利益と立身出世を考え、戦争を煽っていると思っていた。それは是正すべきであると」
「……」
「だが私が運動の運営に関わり始めた頃から、息子達の同期や同僚が時々事務所に顔を出すようになってきて、息子達との思い出話をすることが多くなった。勿論、それが軍の差金なのは分かっているが、ただ戦争反対と唱えるだけではダメだということも理解するようになってきた」

 その同期達が『本物』かどうかは別として、軍情報部の差金は間違いない。反戦組織の中核となりうるであろう人物の思想の方向性を地道な干渉で、その思想を構成員とズラしていき、最終的には組織自体の分裂を誘発させるもの。組織が大きくなるほどに背骨はしっかりとしなければならないが、椎体の一つを僅かにずらすだけで脊柱管は狭窄し、人間はマトモに動くことは出来なくなる。

「現実路線、というのかな。ジョアン=レベロのような与党連合内の中道左派との意見交換会を開いてみてはと提案したが、あそこにいる反戦市民連合幹部からあまりいい顔をされなくてね。昔の活動のお陰でこうやって講演会に顔だけは出せるが、今では演壇に立たせてもらえない」
 拍手と共に演壇に立った四〇代前半の男に、視線で俺を誘導ながらソーンダイク氏は続けた。
「固い意志というのは悪いことではないが、今まで通りに教条的に訴えるだけでは戦争で親類縁者を失った人々の心にすら、声は届かなくなる……彼らでは到底、ヨブ=トリューニヒトには太刀打ちできないだろう」

 トリューニヒトの本当の恐ろしさはそういうところではないのだが、それをここでソーンダイク氏にいうつもりは俺にはない。だが表面的に見ても舞台俳優の如く戦争を賛美し、犠牲者を巧言で悼み、残された遺族を手厚く持ち上げるトリューニヒトと、戦争を利用した政官軍財の癒着を鋭く批判し、帝国との戦争を止めるべきだと言う『だけ』の反戦市民連合とでは大衆の心へ訴える力が桁違いだ。
 それに加えてトリューニヒトは大きな財布を手に入れた。権威と金の力を背景に、奴の手は軍だけでなくあらゆる箇所へと伸びている。一五〇年にもわたる戦争で疲弊した国力では、国防はより効率的にならざるを得ず、官製談合など『せざるを得ない』状況下にあって、その歯車を潤滑に動かせるコーディネーターとしての奴の腕前はまさに賞賛に値する。

「以前はこのくらいの会場であれば席は埋まり、立見客すらいてその熱気は空調が効いていないんじゃないかと思うほどだったが、今ではご覧の通り半分すら埋められないありさまだ。そしてより問題なのは、その
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