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ボロディンJr奮戦記〜ある銀河の戦いの記録〜
第104話 憂国 その4
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で手首を締め上げ続けるボロ姿の俺と悲鳴を上げ続けるボンボンを見比べて、だいたい状況が想定できたのか、紳士は困ったような諦めたような表情を浮かべ溜息を一つつくと、受付にいる女子学生に顔を向けて言った。
「君達の懸念も理解するが、この青年勤労者の言うのも一理ある。講演会に来てくれている人に対しては、もっと丁寧に対応するべきだったね」
「え、は、はい。ソーンダイク先生」

 女子学生の口から洩れた名前に、俺は改めて紳士の顔を見つめる。皺は少なく肌に張りはあるが、その顔は確かにテルヌーゼン選挙区補欠選挙における反戦市民連合の候補者そのもの。まじまじと向けられる俺の視線に、ソーンダイク氏は改めて俺に向かって頭を下げた。

「失礼な態度を取ったこと、その青年に代わって謝罪しよう。ボルノー君、すまなかった」
「わかりました。受け入れます」

 そう言ってボンボンの右手を開放する俺に、ソーンダイク氏の眉が一度だけピクリと動いたのは間違いない。俺がオッサンでもなければ、只のホームレスでもないことに気が付いたし、受付に赴いた一瞬で受付帳に書かれた俺の名前を読み込んだのは、やはり只者ではない。
 そして恐らく俺の受け答えと行動で、俺の職業は大体察したのだろう。会場内には他にも席が空いているにもかかわらず、一番後ろの席に座った俺の右隣に後からきたソーンダイク氏は腰を下ろした。

「改めて自己紹介したい。ジェームズ=ソーンダイクです。弁護士をしています」
 クリーム色のサマースーツの内ポケットから、氏は名刺を差し出した。名前と弁護士籍番号、アドレスだけしか書いていないが、それだけに威圧感のある名刺だ。
「ビクトル=ボルノー。しがない日雇いの肉体労働者です。名刺なんかもってませんよ」
「偽名の名刺をいただいても、正直置き場所に困るから構わないとも」

 今までもこういった集まりに、軍や公安警察などのスパイが入り込んできたのだろう。その声には皮肉より諦観の成分が多い。別に俺はスパイをするつもりはさらさらないし、ただ実名で言質を取られたくないだけの偽名だから、皮肉られても痛くもかゆくもない。

「ソーンダイクさんの席はあちら側なんじゃないんですか?」
 定刻になり席が半分程度埋まったところで俺が人の集まっている演台の方を指差すと、ソーンダイク氏は目を瞑り小さく首を振る。
「私は息子を三人、第二次イゼルローン攻略戦で失っていてね。以来この運動に身を投じてはいるが、最近限界も感じてきていてね」

 温和だが戦争を心から憎んでいると評したのはジェシカだったが、第二次イゼルローン攻略戦は俺が士官学校に入学するより前の話だ。少なくとも一〇年以上は運動に参加しているはず。しかも代議員候補となるのだから、それなりの立場にあるというべきだろう。そんな彼が演台に
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