第三部 1979年
迷走する西ドイツ
卑劣なテロ作戦 その1
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、KGBのてびきによって、ソ連に密入国する。
そしてソ連科学アカデミーの手によって、最新の脳手術を受けた。
彼は、毛沢東思想の活動家から、ソ連KGBの破壊工作員として復活したのだ。
共産主義者や過激派にとって、木原マサキは、宿敵である。
ブルジョアの似非科学者であり、憎むべき日本帝国主義者であった。
ゆえに、マサキの抹殺の機会を伺がっていた彼は、西ドイツの依頼に応じたのであった。
「外人の木原は、私とシュタージの関係を洗い出すつもりだ。
もしこのことが、野党のキリスト教民主同盟に知られたら、下院議員としての立場は無くなる。
何が何でも抹殺するのだ」
「はい。
では下院議員、私の条件を飲んでもらえますかな」
「たしか、選挙協力の代わりとして、ドイツ赤軍派の戦闘員を動員する。
刑務所に捕らえられているKグルッペの囚人、250名の即時出獄と武器供与だね」
「彼らの手助けがあれば、あの木原とかいう黄色い猿めは、殺してごらんに入れましょう」
「吉報を楽しみに待っているよ」
「SPDだけじゃなくて、Kグルッペの様な、毛沢東主義者たちと手を組むつもりなのかね。」
ドゥチュケとオルフのやり取りに、ゲルト・バスティアン陸軍少将が口をはさんだ。
件の人物は、ドイツ連邦軍第12装甲師団長。
史実では、男やもめになった後、24歳も年下の緑の党の女党首を愛人にし、同棲していた。
バスティアン自身は、陸軍勤務中に思想が左傾化し、中距離弾道ミサイルの配備反対運動を始めるほどだった。
そして数名の将官たちと、「平和のための将軍団」という反戦組織の創設した。
また1980年代以降、緑の党の女党首と共に、東ドイツの野党勢力を支援するなど、元軍人らしからぬ行動をした人物であった。
――のちに、この反戦組織の実態が、1994年4月26日付のインディペンデント紙で、暴露された。
シュタージに26年間勤務したギュンター・ボーンサック中佐の証言によると以下の通りだった。
彼は、中央偵察局で積極工作に関与し、偽情報工作の専門家だった――
「平和のための将軍団は、シュタージによって構想され、資金提供された。
これによりモスクワの考えに沿った団体が組織され、常にモスクワと東ベルリンの諜報機関を通じて、管理した」
ドイツ連邦は、このように政府機関、警察はおろか、軍まで急速に左傾化していたのだ。
その事を憂いたゲーレンら、もと国防軍関係者や一部の財界人は、マサキの事を頼ったのは致し方のない事でもあった。
そんなことは、シュタージのスパイたちの知ったわけのものでないが、マサキが左翼を嫌いなのも分っている。
また、ゲーレンも元国防軍将校であるか
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