第三部 1979年
迷走する西ドイツ
卑劣なテロ作戦 その1
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マサキ事件の対応を巡って、西ドイツ首脳は夜を徹して、密議を凝らしていた。
「二人の足取りは、つかめんのか。
不愉快だ!」
西ドイツ首相、ヘルムート・シュミットは満腔の怒りを込めて、こう言い放つ。
ボンの首相府に集まった、閣僚たちの顔色は優れなかった。
間もなく、伝令が、一大事一大事と、告げ渡って、飛んで来た。
「し、失礼します。
BNDのラインラント=プファルツ州局長から、緊急連絡が入ってきました!」
「何!」
「報告によれば、ゼオライマーで、そのままマイエン=コブレンツ郡に逃亡したそうです。
土地の貴族のザイン=ヴィトゲンシュタインと、接触を持ったそうです」
彼の報は、急電より詳細だった。
しかもみじめにまで殲滅をうけた国境警備隊の運命に、いまは疑う余地もない。
「奴らはそろそろ、シュトゥットガルトあたりだろう」
官邸に集まった閣僚たちが、ぴくりと体を一瞬動かす。
その内、マイホーファー内相が、重々しい声で言った。
「それがプッツリと足跡を消してしまいまして……」
首相は、背広から、総象牙で出来たベント型のパイプを取り出す。
パイプに、上等なたばこをつめて、くゆらしながら、答えた。
「国境警備隊とBNDを相手にして、あの科学者はしぶとい奴よの!」
内相は、目にいぶる煙に、顔をそむけて、沈黙していた。
首相は、いよいよ怒って、閣僚たちを問い詰めた。
「問題は木原だ。
何としても探し出せ!」
西ドイツ首脳が、帷幕の内で、こんな密談を交わしていたことがあってから、2時間後あった。
工作員オルフこと、ウィリアム・ボルム下院議員は、数名の男たちを私宅に呼び寄せていた。
「ところで、下院議員。GSG-9が全滅させられたそうですな」
「だから君に頼んでるんじゃないか、ドゥチュケ君」
アルフレート・ヴィリ・ルディ・ドゥチュケは、西ドイツで名の知られた極左活動家の大物。
東ドイツ出身で、イタリアの思想家、アントニオ・グラムシの「ヘゲモニー論」に共鳴した人物だった。
1960年当時、東ドイツの徴兵制度に嫌気がさし、ベルリンの壁建設の前日に西ベルリンに逃亡した。
政府や社会の中から過激な変革を実現するという「制度内への長征」を提唱した男である。
そして長征という思想的な表現から解る通り、毛沢東思想を本心から礼賛した過激な人物だった。
西ドイツで再建されたドイツ共産党のグループ、Kグルッペに所属し、理論的指導者のひとり。
そんな彼を危険視した右翼活動家によって、脳に3発の銃弾を受け、重い言語障害を負うことになった。
史実の世界では、脳障害が治らず、1979年にそのことが原因で死去する。
だが、この異界では違った。
デンマークに渡った後
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