第六章
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「ええと、何て書いてあるんだ?」
「それで」
「ああ、それはね」
店のおじさんがいぶかしむ彼等に笑顔で言ってきた。
「私は貴女を愛しているって書いてるんだよ」
「つまりアイラブユーか」
「そう書いてあるんですね」
「うん、そうだよ」
実際にそう書いてあるというのだ。
「一生一緒にいたいとも書いてあるよ」
「そういえばそんなのか?」
「そんなこと書いてるか?」
「日本の漢字と違うからよくわからないけれどな」
「それでも」
「一生か」
「一緒にいたいって考えてるんだな」
周りも言う。そしてだった。
お店の人は隆一達に笑ってこう言ってきたのだ。
「楊貴妃は知ってるよね」
「唐代の人ですよね」
隆一がお店の人に答えた。
「玄宗の」
「そうそう、まあ一緒になった経緯は置いておいてね」
この経緯はお世辞にも褒められたものではない。長恨歌のはじまりは決して奇麗なものではないのだ。
「それでも玄宗は楊貴妃を愛していてね」
「楊貴妃もですか?」
「人は愛されたら愛するものなんだよ」
その想いが伝わるからだ。
「それでなんだよ」
「それで玄宗と楊貴妃は」
「ずっとね。一緒にいたいって想い合っていたんだ」
「そうなんですか」
「ああ、楊貴妃で駄目だったら」
店の人であるおじさんは全く同じ字が書かれたもう一枚の絵を出してきた。今度はほっそりとした儚げな顔立ちの女性だ。後ろには橙色のひなげしが書かれている。
友人の一人がそのひなげしを見て言った。
「虞美人草か」
「あっ、お兄さん知ってるね」
「はい、虞美人草ってことは」
「そうだよ、虞美人だよ」
おじさんは絵の美人を見ながら説明してきた。
「お兄さんわかってるね」
「項羽の恋人でしたね」
「そうだよ。ここに詩もあるよ」
見れば書かれているのは楊貴妃のものと同じものだけではなかった。
その他にも書かれてあった、それはというと。
「これだよ」
「ううんと、これは」
詩だった。隆一はその詩を見て言った。
「漢詩なのはわかるんですが」
「力は山を抜き気は世を覆う」
おじさんは笑って言ってきた。
「時利あらずってね」
「その詩は一体」
「史記にある詩だよ。項羽が歌ったっていう詩でね」
「それですか」
「そう。実際に項羽が詠んだかどうかはともかくとして」
この辺りは司馬遷の創作かも知れない。実際にあった場面としてはあまりにも絵になり過ぎているきらいがあるからだ。
「史記で一番の名場面だろうね」
「項羽と虞美人の場面なんですね」
「四面楚歌は知ってるよね」
「あっ、はい」
そう言われるとわかることだった。国語の授業で習ったことだ。
「周りは敵だらけっていう」
「項羽の最後の逸話からなんだよ」
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