第103話 憂国 その3
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ただ麻薬や非合法商品を運ぶ用に使われやすいので、正確には非合法品ではないが航路保安局も麻薬取締局も、所持者は被疑者というくらい神経質になっている。マーロヴィアで初めて現物を見た時、ちょっと感動した代物だ。
名刺に書いてあるホテルの名前にも聞き覚えはある。ハイネセンではミドルクラスのホテルで、中産階級がちょっと贅沢してもいいかなというコンセプトだった筈。確か軍人系ではない。書かれている住所はメープルヒルにかなり近いところ。
「夫は朝早いし、夜も早いの。来るなら二〇時前には来る事ね」
そう言うと彼女は規則正しくパンプスがカツカツと音を立てて引き止める間もなく立ち去っていく。その活動的な後ろ姿は、身長は別としてアントニナに似ていなくもない。若い二年目航宙士夫婦の『地上での夜』にお邪魔をするのはキャゼルヌ家だけにしておきたいので、早々に背後に壁がある席へと移動して改めて便箋を開いた。
今まで見たこともない時節の挨拶と強めの筆圧はドミニクらしくない。しかも一部が箇条書きで、量も多い。とても本人が書いたとは思えないような代物だ。しかし繊細で強弱のハッキリしている字体は明らかにドミニクのもの。筆圧が均等ではないから間違いなく手書き(アナログ)。それにミリアムは手紙を常にドミニクから『直接手渡し』で受け取っている。
一見しただけで矛盾する要素がある手紙。他に特徴的な透かしや隠し文字などは見当たらないので、いつも使用している便箋とペンを使って、ドミニクに書くよう別の誰かが指示をした、と考えるべきだろうか。ドミニクと俺の間に第三者が介在する可能性があるという事実に不快感と嫉妬を覚えつつ、文面を読み進め……最後の一文を読んで、慌てて周囲に誰もいないことを確認せざるを得なかった。
「……ダニイル=イヴァノヴィッチ=ワレンコフ、か」
現フェザーン自治領主。どこにでもいる温和そうな、少しやせ気味のロシア系壮年男性という外皮を纏った、百戦錬磨の外交巧者。強烈な個性の持ち主であるルビンスキーとは一見正反対のように見えて、中身は大して変わらないという矛盾の塊だ。原作ではルビンスキーの先代で、フェザーンの執政における地球教のコントロールを嫌い暗殺されたことが、ルビンスキーの独白に現れているだけ。ルビンスキーがフェザーン自治領主になったのは三六歳……逆算すれば『今年』ワレンコフは暗殺される。
そのワレンコフが態々、三年半前に俺との仲を引き裂いたドミニクに代筆させてまで俺にこれを寄越した。しかもミリアムの船に早急に返答するよう言い含めてまでいる。それだけでも実に不愉快な話だ。
しかし手紙の内容は俺がトリューニヒトに去年予算成立の折、議員会館で話した内容の再確認と、それに対する同盟軍内部とくに戦略部からのリアクションの想定を問うもの
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