第103話 憂国 その3
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宇宙暦七九一年 三月 ハイネセンポリスから
人事異動の二月が過ぎて、連絡のなかった俺は現職に留まることになった。爺さまは半年待てとは言ってくれたが、こればっかりは人事部の仕事だ。現時点で来期予算審議は進んでいるし、レポートの件もあればヴィリアーズ氏の件もある。トリューニヒトも暫く俺を手放すつもりはないということだろう。
またこの時期は宇宙暦七九二年二月時点での同窓名簿速報も発せられる。正式なものは毎年八月に発表されるが、任官拒否六七名を含めた卒業生四五三六名の内、八九六名が赤字に変わっていた。任務に関係ない事故死や病死も勿論あるが、既に一九.七パーセントの死亡率。灰色の行方不明も含めると生存が確認できない人数は四桁に達してしまった。
二六歳から二七歳。幼い子供を残して死んだ同期もいる。両親ともに軍人(つまり士官学校同期の結婚)で両方とも亡くなり、軍人子女福祉戦時特例法の適用となった子もいる。こんなのアリかよと、教えてくれたウィッティ自身がベソをかいていた。ちなみに士官学校同期に七歳の子供がいる奴は、今のところ確認されていない。
「来年には大佐になられるのかしら? 無事息災で結構な事ね」
貨物用のシャトルが飛び交うハイネセン第四民間宇宙港の屋上展望デッキ。久しぶりに会う彼女は、いつもの通りつまらなさそうな表情で、軍服を着た俺に厭味を飛ばしてくる。俺が小さく肩を竦めて、ボロさの変わらない白い椅子に腰を下ろすと、いつものように実に嫌なタイミングでハンドバックから封書を取り出し『座ったまま』俺に差し出す。
四半期に一回届くラブレター。だが今回はいつものように便箋一枚に揶揄が込められた一文が添えられているものではない。封筒自身にしっかりとした重さがあり、いつものように糊を弾くと濃厚なライラックの香りと共に複数枚の便箋が現れる。二つ折りではなく三つ折りで、揶揄を抜きにしたそれなりの量の文章が、便箋の裏に回した指に感じられるほど高い筆圧で書き込まれていた。
「できれば返事は早くほしい、と言ってらしたわ。船も準備出来次第、出港する予定。今のところ二日後の午後には、ハイネセンの周回軌道から離脱したいと考えている」
「……今日の夜はどうなんだ?」
「夜にこんな寒い屋上で待つのはごめんだわ」
問答無用とばかりに二一歳の人妻は席を立つと、肩に掛けるハンドバックの中から、ホテルの名刺と見開き式の金属板を取り出した。
見開きの内側に掘り込みのあるこの金属板は、おそらくレーダー透過機能のある細工品だ。当然市販品ではない。手紙を挟みこんで閉じどこかにある(恐らくリモコン)スイッチを押せば、重力波計測と触覚以外では引っ掛からなくなる。機内持ち込みの手荷物検査だとバレる可能性はあるが、積荷や船体を加工して詰め込めばいい。
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