第101話 憂国 その1
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戦闘状態になったり、その迎撃の緊急予算に対する各所への根回しで追っかけまわされたりして、さらに半月経過した年明け一月中旬。俺は怪物の別荘に招待された。
「新年休みボケを解消する意味で、本格的な予算審議が始まる前に一度、ここの澄んだ空気と冷気で頭を冷やすのが私のルーティンでね」
惑星ハイネセンの北半球。積雪はそれほどではないが、それなりに冷えるシェムソスン渓谷の中腹。市街地ともスキー場ともさほど離れていないが、周辺にいくつかある別荘の住人と周辺警備を兼ねる管理人以外の人通りのない場所。一〇メートル四方のリビングは適切な温度管理下にあり、南壁面のガラスウォールからは真っ白な衣をまとった雄大な山嶺を一望できる。
「今年の国防予算審議はかつてなく議論が活発になるだろう。ダゴンに入ってきた無粋な帝国軍さえいなければと思わずにはいられないね」
ややすぼまった?口のテイスティンググラスにウィスキーを注ぎ、その一方を俺に差し出すトリューニヒトの目は顔ほどには笑っていない。トリューニヒトは政治家であり腹芸をこなすのは仕事のようなものだが、わざわざ予算審議が本格化する寸前に、嫌いな男を自分の別荘に招待するようなマゾではないはずだ。
俺がグラスを受け取ると、トリューニヒトはグラスを小さく掲げて見せる。俺もそれに応じてグラスに口を寄せるとフローラルな、おそらくはラベンダーの香りが鼻の奥に流れ込んできた。もっとスモーキーなものを予想していたので意外だったが、舌先だけ含むと、らしくない花の蜜のような甘い感覚に驚いた。
「驚いたようだね。私も初めてこれを口にした時は、本当にウィスキーかどうか疑ったものだよ」
トリューニヒトがそう言いながら、酒のCMのようにゆっくりと少しずつ傾ける。俺も同じようにすると、口の中では甘みが広がるのに、喉の奥は大火事の如く燃え盛る。酒側からの強烈なリアクションに思わず小さく咳き込むと、トリューニヒトは笑いを隠さなかった。
「はははっ。そこまできてこそ、この酒の醍醐味だよ中佐。実は『初見殺し』という異名があるんだ、このウィスキーは」
「今度、後輩に試させてもらいます。トリューニヒト先生」
「ぜひそうしてくれ。これは気の合う相手じゃなければ到底許されない『イタズラ』だからね」
君のことは私の気の合う相手だと思っているよ、ということ。少なくとも害意あっての行動ではない。だが爬虫類を思わせるトリューニヒトの瞳には、まだ何か言いたいことがあるように思える。先に俺がソファに囲まれたチーズやサラミのパーティーオードブルのあるセンターテーブルに視線を送ると、わかったわかったと言わんばかりに肩を竦めてソファを俺に勧めた。
「トリューニヒト先生。本日のお招き、なにかお話があってのことでしょうか?」
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