005 コーヒーミル
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わずにいつものイスを私のデスクの前に引っ張ってくる。
私も何も言わずに立ち上がり、コーヒーの準備をする。
キャンプ用コンロに火をつけ、中華なべをかける。
密封できるガラス瓶からグリーン・ビーンを一掴み、中華なべに落とす。
左手で中華なべの取っ手を持ち、右手に“菜ばし”を持って中のグリーン・ビーンを転がすようにかき回していく。
男は相変わらす、薄い灰色のサングラスをかけているので、私の動きを見続けているのかどうかはよく分からなかったが、なに、この男の事だ。すべてを見ているに違いない。
どうやら、いい具合に煎れてきたようだ。
目の粗い金具製のざるに煎ったコーヒー豆を移し、ゴミ箱の上で優しく振る。
これで余分なコーヒー豆の焼け落ちた皮がほとんど振り落とせるのだ。
と同時に荒熱をとることにもなる。
例のミルで挽き、まだ一回しか使っていないのにこの男専用となったコーヒーカップを用意した。
沸騰したお湯を金属製のポットに注ぐ。注いで、しばらく待つ。
ポットの、金属の取っ手が熱くなり過ぎるくらいまで、待つ。
それからフィルターに移したコーヒーの粉にお湯をたらしていく。ゆっくりと、少しずつ。
お湯が一通り粉に染み渡ったあたりで、また一休みする。
フィルターの中では、コーヒーがマッシュルームのようにドーム上になって、しぼんでいく。
いい香りが私のオフィスに充満していく。
確かに、あそこで買ったグリーン・ビーンをこうやって炒って、このミルで挽いて、こうやって温度にも気をつけながらコーヒーを入れると、格別な香りが漂ってくる。
「さすがだね、教授。コーヒーを開かせることにも気づいたんだ。」
「この、”間”のことかね?」
口元に笑みを浮かべながら、男はうなずいた。
出来上がったコーヒーをカップに注ぎ、男の前に置いた。
平静を装っているが、とんでもない。
この二ヶ月、とんでもない回数の試行錯誤を繰り返し、現時点での一番良い方法というやつを確立し、この男を待っていた。
しかも今日の“出来”は最高だ。
自分の分も注ぎ、椅子に座る。
ものすごい努力して、男のほうを見ないようにしていた。
コーヒー・ポットにはもう一人分くらい余っていた。
いつもではないが、大体この時間になるとアメリアがコーヒーを飲みにくる。
だから習慣で一人分余計に作っていたようだ。
そのアメリアが、ドアを開けて入ってきた。
「すごくいい香りが廊下まで漂ってきているわよ、ニコラ。・・・・あら、お客様?」
私のデスクの前で、粗末な椅子に王侯貴族のようにゆったりとくつろいで座っていた男は、首だけアメリアに向けて、手に持っていたコーヒーカップを少し掲げた。
アメリアの表情が、変わった。
「・・・ニコラ、あなたの言っていた“突然来てコーヒーを入れろと言っていく変な男”
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