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ボロディンJr奮戦記〜ある銀河の戦いの記録〜
第99話 格の違い
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、俺は怪物の前の席を引く。

 もし、もし、ここでこの怪物を討伐すればどうなるだろうか。視界の片隅に入った樹脂製のナイフが、俺の頭の中に向けて、ドミニクばりの魅惑の声色で甘く囁いてくる。『今なら邪魔するSPもいない。国家を枯死させる寄生木をここで伐採し、腐敗と汚職に塗れた国家体制をあなたの力で立て直して』と。

 品の良いスーツに包まれた身体つきを見る限り恐らく……トリューニヒト自身が持つ戦闘能力はさほどでもない。元警察として最低限の訓練は受けているだろうが、現場を長く離れていてこちらは現役の軍人。第四四高速機動集団に配属されてからは、戦闘時や外せない用事がある時以外の早朝、自室での陸戦戦闘術訓練を欠かしていない。ジャワフ中佐やブライトウェル嬢との、訓練というにはちょっと『ハード』なものもあった。『適度な長さと刃と強度のある棒』があれば、戦場に出たことのない口笛の下手なマスクマンなら一個分隊は潰せる。確かにこれは絶好の機会だが……

 怪物が前にいるにもかかわらず、思わず俺は頭を垂れて含み笑いを漏らしてしまう。何のことはない。民主主義の譲れない信念とか普段から偉ぶっておきながら、これでは救国軍事会議の奴らとまるで大差がない。しかもブライトウェル嬢の一件に限らず、一方的な妄想による私刑など俺が一番嫌いなものではないか。それでもそんな想像をしてしまうのは、原作を通じての怪物に対する嫌悪に引き摺られているのか。ケリムの頃からまったく成長していない自分に対して皮肉な笑いしか出てこない。
 
 だいたいここでトリューニヒトを殺したところで、『ルドルフにできたことが俺にできないと思うか』とか赤毛のノッポに零す金髪の孺子が来寇しないわけがないし、俺はただの評議会議員暗殺犯として世間を追われるだけ。国内における軍との威信は失墜し、軍人に対する信頼は低下するだろうし、粛軍に合わせてだいぶ小粒になった第二のトリューニヒトが現れるだけのことだ。つまりは害悪だけで何の意味もないし、トリューニヒトと心中なんてそこまで前世で悪いことをした覚えはない。

「大丈夫かね? 中佐」
「はい、大丈夫です……」
 俺は笑いを喉の奥に押し込むように咳き込みつつ、右手を小さく上げてトリューニヒトに応え椅子に腰を下ろすと、三度ばかり深呼吸をしてから、怪訝な表情を見せる怪物に相対した。
「先生。すみません。ご心配をおかけしました」
「もしかしてなにかアレルギーがあるのかね? そうだとしたら申し訳ない。こちらの落ち度だ。直ぐに別のものを用意させるよ?」
「いえ、そうではなく。ここにある夜食が全部自分の好きな食べ物ばかりでして、どうして先生がご存じなのかと、驚いた次第でして……」
「予算の忙しいこの時期。夜食となるといつもこれを選ぶんだよ。全くの偶然なんだが、中佐の好みであっ
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