第三部 1979年
姿なき陰謀
隠然たる力 その1 (旧題:マライの純情)
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男女共通の愛称は、なくはない。
ロシア語の場合だと、サーシャで、英語・ドイツ語であれば、アレックスである。
ユルゲンは、困惑していた。
サーシャやアレックスなら、まだわかるが……
多分偽名であろうが、さぞ目立つで名前で、一度会たら忘れないであろう。
随分とものを知らない人間が、名前を決めたのであろうか。
彼は、ものすごい違和感を感じざるを得なかった。
目の前の貴婦人は、ロシア風の男の名前を名乗っている。
だが、甘い香りが匂い立つような容姿は、実に妖しい……
一瞬、目の前の女性に惹かれてしまったユルゲンは、故国で待つ幼な妻を思い浮かべる。
あの可憐な人を裏切るようなことを、これ以上してしまってよいのだろうか。
そんな彼の思慕も、次の言葉で現実に引き戻されてしまった。
「お連れの方は……」
「さて、どこかに行ってしまったような」
ユルゲンは、胸の戸まどいを、ふとそんな呟きにして。
「マダム、貴女の方は」
ユルゲンが使ったMa dameという言葉は、今日の英語のMs.に近い意味だった。
成人した女性に対して、既婚・未婚を問わず使える言葉であり、日本語のそれとは違い、職業婦人など、社会的地位のある女性には、むしろ喜ばれた表現であった。
仏語だけではなく、英国英語においてもマダムという表現は、中流階層以上の使う婦人への最上級の呼びかけであった。
女主人を語源に持つMistressの短縮形である英語のミスとおなじく、仏語のMa dameは、語源は私の女主人という言葉である。
近代以前は、貴族や王室の貴婦人を指し示す言葉であった。
変化形で有名なのはNotre dameという物である。
我らの貴婦人という意味で、これは聖母マリアを指す婉曲表現の一つであった。
パリで、有名なノートルダム寺院は、聖母マリアを讃えるキリスト教寺院であった。
さて、話をニューヨークの祝賀会に戻そう。
ユルゲンに声を掛けた、謎の貴婦人は妖美な笑みを浮かべて、彼の疑問に答える。
「ちょっと席を外しているわ」
ユルゲンは、一瞬にして、成熟した女の色香に惑わされてしまう。
彼の胸は嫌がうえにも、高鳴る。
「ほう、私もです。
ここは、騒々しいので、場所を変えて話しませんか」
ユルゲンは、上品なイギリス英語を話す、黒のイブニングドレスを着た淑女と共に近くの公園に出た。
夜会巻きをしたブリュネットの長い髪は、この手で解いてみたい。
(ブリュネットは、英語では黒髪も含むが、本来は栗毛色を指す仏語である)
目の前に立つ細面をこの胸にかき抱いてみたら、どうなるのであろうか。
ほっそりとした体が、薄物の絹のシミーズから透けて見え、栗
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