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冥王来訪
第三部 1979年
孤独な戦い
匪賊狩り その5
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僧が振り向いた。
目を隠すように、レイバンのミラーレンズのサングラスをかけていた。
「貴様!パンチェン・ラマではないな!」
 その瞬間、ラマ僧は、両手で黄帽とサングラスを取った。
たしか、パンチェン・ラマは四十がらみの男だったはず。 
大分、聞いた話より若い男だった。
 龍顔が、さっと曇った。
王は、口を極めて怒りをもらした。
「お前は誰だ!」
僧形の男は、満面に喜色をたぎらせる。
「俺は、木原マサキ!
お前の葬式をあげに、地獄から来た男さ」
 笑いながら話していることだが、元々、マサキのそのことばには、寸毫の嘘もない。
やましさのない真実の力は、微笑の内にも充分相手を圧して来る。
「今頃、本物のパンチェン・ラマは、ロンドンのスタジオでBBCの単独インタヴューに答えている頃さ。
忙しい坊様から、ちょっと衣装を借りて、今宵限りの生前葬をしてみたくなったのよ」
 龍顔からは、血の気も失ってしまった。
威圧といえば、こんな酷い威圧はない。
「王よ、貴様の宝算は幾つだ」
「84だが」
「一般社会じゃ、引退している年齢だな」
 さっと、袈裟の中からホープの箱を取り出す。
言葉を切るとタバコに火をつけた。
「王よ、お前は政治を弄ぶより、孫と遊んでいるほうが似合う年齢(とし)だ」
「どういうことだ!」
 いつにない激色である。
マサキは、冷静な眼で、相手の怒りを冷々と見ている。
「何、貴様の支配地をそっくりいただくという事さ」
突然、マサキは身を反らして、仰山に笑い出した。
「フハハハハ、お前たちは、釈迦の手の平で暴れまわる孫行者でしかない。
俺が望めば、何時でも潰せるのだ。
今回のユダヤ人男爵のようにな……」
 孫行者とは、西遊記の主人公孫悟空の支那風の呼び方である。
マサキは、己の立場を孫悟空を懲らしめた釈迦如来と重ねて、そう脅したのだ。
「これは、せめてもの慈悲だ。
英帝室を存続させてやる代わりに、お前は譲位しろ。
そうすれば、この一件は水に流して、俺は英国と事を構えることを止めてやる」
瞬間、激色は激色ながら、龍顔の怒りは、ふと眉の辺に、すこし晴れたかの如く見えた。
「ひとつだけ、お前に聞きたいことがある」
「なんだ」
「なぜ、天才科学者の貴様は、ゼオライマーというマシンを作って戦いの中に身を投じた」
「普通の人間が50年かかってやることを……1日で為せるからよ」
 マサキは煙草をもみ消すと、黄帽を被り、サングラスをかけた。
「あばよ」
彼は般若心経を唱え、ティンシャというシンバル形の仏具を鳴らしながら、宮殿を後にする。
『これほどな大事を、一人の男を動かされるなどとは……』
王は、しばらく呆然としていた。

 翌日の新聞では、一面に英国王の譲位が報じられた。
英国王
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