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冥王来訪
第三部 1979年
孤独な戦い
威力偵察 その3
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争力を失っていた。
当時飛ぶ鳥を落とす勢いの日本車に負け、多くの労働者は路頭に迷った。
 彼のいた1979年は、『不満の冬』と呼ばれる最悪の時期だった。
 街にあふれる多くのゴミに、はびこる違法薬物。
公務員のストも常態化し、警察や消防は人手不足であった。
医者や看護婦はストで出勤せず、墓場では死体が埋められず、鳥獣の餌になった。
 ストライキのために、どれほど酷かったか。
都市部でさえ、暖房用の灯油すら不足し、生木を裂いて暖を取るほどである。
路地を歩いていると、何度もエクスタシーの密売人に声を掛けられた事か。
(エクスタシーとは、麻薬指定のされた向精神薬・MDMAの俗称である)
 海外暮らしの長いユルゲンから、ロンドンの食事は不味いと言われたが、気にならなかった。
ソ連の一般的な食事よりも、クビンカ空軍基地の給食よりも、おいしかった。
 物価高が深刻で、スターリングポンドの価値も乱高下した。
国から留学資金では厳しくなり、ソ連留学時代にためた外貨を使わざるを得ないほどであった。
 ソ連から東ドイツに仕送りをする際は、外貨しか送れなかったので、ためておいて正解だった。
彼は、一人そう思っていた。

 貧しい留学生であったヤウクは、士官学校での外出許可を貰っても出来ることは少なかった。
クラブやバーに行くことなどは、資金面から難しい。
古本を読むか、公園で運動をするくらいしか、楽しみがなかった。
 子供の頃憧れたロンドンが社会主義のために廃墟となっていたとは……
行先のない乞食(ルンペン)のたまり場になっていた、ハイド・パーク公園。
 その一角にあるベンチに座り、タバコをふかしていた時である。
一人の男が、ドイツ語で声をかけてきた。
「おい、ロシア人の兄ちゃん」
 不意に、彼は振りむく。
そこには金剛力士像のような体つきをした、見あげるばかりの実に立派な偉丈夫がいた。
「あんた……ヤウクか……」
 咄嗟に上着の中から自動拳銃を取り出す。
男は、拳銃を向けられても、不敵な態度を崩さなかった。
「ふっ」
 男の着ていた服装は、実に奇妙だった。
運動着の様な意匠の上着、側章の入ったズボン、合成皮革の長靴であった。
両方の袖に付けられた第51戦術機甲大隊のマークがなかったら、アディダスのジャージと勘違いしたであろう。
「なるほどな」
 鳩尾まで開けた上着の下は、厚手のティシャツとペンダントだった。
ペンダントは、米軍の認識票を模した私物だった。
「おめえ、ただのいい子ちゃんってタイプじゃねえな」
 話し方と言い、服装と言い、やくざ風ではないか。
西ドイツ軍の衛士はこんな感じなのかと、ヤウクは目を丸くするばかりだった。
「ちょっと待ってくれ。今吸っているシケモクで一服させてくれ」
 ヤウ
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