第三部 1979年
曙計画の結末
篁家訪問 その3
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国に輿入れして、嫁務めが辛くなったか」
「そんなことはございません」
「では、なんで泣いた」
「どうしたのか、わかりませんが……」
ミラは両方の眼を袖でかくしながら、身を起こす。
彼女は顔から袖を離して、呟いた。
「既に木原さんの宿願は叶っていますわ」
そうか、ミラは妊娠していたのか。
マサキは、狐につままれたような気がした。
びっくりしたように、坐り直して、呟く。
「一体どういうことだ」
呆然とするマサキに、ミラは静かに語りかけた。
「私は、祐唯を知って、愛の何たるかを知りました。
その時から、父から聞かされていた日本への憎しみも失いました。
憎しみは何も生じません。
でも、愛はあらゆるものを生み出します」
ミラの眼には、つきつめた感情が燃えていた。
早朝の無気味な静寂は、語気の微かなふるえまでを伝える。
どう答えていいかわからず、マサキはミラの顔を見つめていた。
「愛は、この私に喜びを与えてくれました。
祐唯、貴方を本当に愛したのです。
彼は、生まれて初めて、この世でたった一人だった私が、本当に愛した男なのです」
さしもの美久も、思わぬ展開に呆然としてしまった。
彼女は理知的とは言えども、所詮はアンドロイドという機械である。
女の、花の盛りを心の中で抑え、一人堪えていたミラの心は理解できなかった。
「愛は何物よりも勝ります。
憎しみよりも強いものは、愛だと確信しています」
その言葉は、マサキの骨髄に徹するものだった。
あの30有余年前の大戦争の事を引きずる彼には、衝撃的であった。
脇で見ていた篁は、おどろきのあまり、声を出さなかった。
彼は、話し終えたミラをいたわるように抱きしめる。
マサキは、その様を見ながら、ひとりで酌みはじめた。
天満切子のガラス杯から全身に、沁み入る気がした。
「…………」
酔い得ない酒だった。
寒々と、ほろ苦くばかりある。
「ミラよ。お前は強い女よ」
彼は、強いて、からからと打ち笑うような気を持とうと努めた。
しかし酒を含むたびに、心に冷たく沁みる。
どこかで、粛々とすすりなくのが、身に逼るような心地がする。
マサキは、元来、多情な男である。
その多情が働きだすと、他人事ながら、声をあげて泣きたい気持ちがしてきた。
「……もし自分が、篁祐唯の身であったら」等と、思いやったりした。
ところが、そう考えてから、ひどく気が変わって来た。
「しかし、男女の仲はわからぬものよ。
この木原マサキに、冷や汗をかかせるとはな……」
一人つぶやいて、また一杯、唇に含んだ。
その一杯から、ようやく普段の味覚が戻ってきたように、感じられて来た。
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