第二部 1978年
迫る危機
慮外 その2
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お入りなさい」
シュタインホフ将軍は、一室を開かせた。
驚くべき人間が、そこの扉を開いたのである。
薄絹のベールを被り、白無垢の花嫁衣裳を纏い、首飾りや耳環で飾っているキルケだった。
しかしキルケの姿については、マサキはそう瞠目しなかった。
彼女の態度からうすうす感じ取っていたし、また彩峰あたりが熱心に薦めたものということも知っていたからである。
けれど、老将軍について、一歩室内へ入ると、思わず、ああという声が出た。
寝室とリビングが続きになったスイートルーム仕様で、あわせて50坪ほどな広さはあろう。
キングサイズのベットがあり、天井、装飾、床、敷物にいたるまでことごとくが、白の色彩と調度品で揃えられていた。
「明朝まで、お休みになられませ」
老将軍は、そういうと外からカギをかけて、帰ってしまった。
この俺に、キルケを差し出したという事か……
たしかに、周囲に邪魔する者もいない。
ある意味、理想的な環境だ。
その間にも、しきりと鼻を襲ってくるのは、まだかつて嗅いだことのない執拗な香料の匂いであった。
そうした視覚、嗅覚、あらゆる官能から異様な刺激をうけて、マサキはやや呆れ顔をしていた。
あまりに珍奇な世界へいきなり連れて来ると、人は側の他人も忘れて口をきかなくなる。
そんなふうなマサキであった。
キルケは、それを見て、ひそかに楽しんでいた。
どうだ、といわないばかりな顔して。
この夜。
マサキとキルケは、壁を前にしたまま、ずいぶん長いこと、黙然と坐りこんでいた。
黙想に耽っていた。
何を語りあったろうか。
それは、その壁しか聞いていたものはない。
けれど、結論において、ふたりの理想が合致していたことは確かだ。
なぜならば、やがて夜が更けて、再び暇を告げて別れるに際しての時である。
二人の間には、これまでにない、もっともっと深い誓いともいえるものが、あきらかに双方の心にたたえられていたからである。
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