第百一話 怪我をしないことその四
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「誓ったんだ」
「自分自身に?」
「うん、だって身体悪くなって」
そうしてというのだ。
「下手したらそんなことになるって知ったら」
「しようと思わなくなるわね」
「だからだよ」
「シンナーは絶対にしないのね」
「というか両手両足なくなるとか」
引火による爆発事故でというのだ。
「最悪じゃない」
「そうよね、自業自得でも」
「そんな目に遭いたい人なんてね」
「絶対にいないわね」
「全く。馬鹿な話だよ」
達川は苦い顔でこうも言った。
「シンナーしてそうなるとか」
「一生どうなるか」
「自殺したしね」
「這ってまでして川に行って飛び込んで」
「そうした末路も嫌だしね」
「そうよね、そういえば」
一華は両手両足がなくなった話からある話を思い出した、そしてその話を達川に対して話したのだった。
「澤村田之助さんだけれど」
「歌舞伎役者の?」
「あの人の三代目さんは」
幕末から明治にかけての名優である、女形特に悪婆という悪助役で知られていた。
「両足なくなって」
「両足なんだ」
「右手の手首も左手も小指以外なくなって」
「まさに両手両足だね」
達川はその話を聞いて強張った顔になった。
「その人と同じで」
「そうなっても舞台に立ったらしいけれど」
「立てたんだ」
「義足とか付けてね」
「凄い執念だね」
達川は今度は戦慄した顔になって応えた、一華にその顔を向けている。
「それはまた」
「けれど遂にどうにもならなくなって」
「どうなったのかな」
「座敷牢の中で頭もおかしくなって」
そうしてというのだ。
「三十三か四歳でね」
「お亡くなりになったんだ」
「そうみたいよ」
「凄いね、そんな人もいるんだ」
「何でも鉛のせいらしいけれど」
「鉛確かに毒だけれど」
達川は鉛と聞いて首を傾げさせた。
「それだけかな」
「違うかしら」
「お酒かなり飲んでいて」
達川はそこに原因を求めた。
「糖尿病になっていて」
「それでなの」
「糖尿病って足壊疽するから」
これが糖尿病の恐ろしいところだ、視力が弱まり失明してしまう場合もある。北原白秋の晩年の失明はこの病気が原因だという。
「それじゃないかな、鉛もあっただろうけれど」
「それとなの」
「鉛は白粉だよね」
達川はそこに原因を求めた。
「歌舞伎役者は白粉お顔に塗るけれど」
「物凄くね」
「昔の白粉は鉛で造っていたから」
「いつもお顔に塗ってると」
「鉛中毒になるけれど」
歌舞伎役者の職業病であったのだ。
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