第二部 1978年
迫る危機
危険の予兆 その4
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ベアトリクスの眼で見ても、しみじみ思う。
議長がその政治生命を傾けて打ちこんだのも無理はないと思う。
帝国陸軍の下士官にあって、戦術機を操縦する衛士として見ても、すこしも不足のない人がらと頷ける。
「何が可笑しい」
ふと、話のとぎれに、マサキからこう訊かれて、ベアトリクスは初めて、しげしげと彼に見入っていた自分の恍惚に気がついた。
「アハハハ。いや別に」
と、卑屈なく声を放って、
「せめて、アイリスと話しぐらいしてやって……」
マサキは、うらやましげにすら、相手を見ていた。
何不足ない扱いを自覚しながら、気持ちだけはもう10歳、20歳も若くあって欲しい。
マサキは、そう言いたげな顔いろである。
自分の秘めたる思いを言い出された事から、客としての居心地は、たいへん気楽になって来た。
マサキは、何でも言いたい事の言えるベアトリクスにも、また羨ましさを感じないでいられなかった。
哀願するように言うベアトリクスに、マサキはすまして答えた。
それは、まるで壮年の男が幼児に話しかける様な、やさしい声だった。
「俺は、その気のない奴を抱く気はない。
心を通っていない状態で、欲望の赴くままに、求めたりはしない。
この一件が終わり、そして、アイリスがただの女になった時、本当の男女の仲になるつもりだ」
そう言いながら、マサキは新しい煙草を取り出した。
ベアトリクスの姿など目に入らないかのように、紫煙をゆっくり燻らせる。
「今は、闇夜に潜む獣と戦う為に、剣の様に感覚を研ぎ澄まさせねばならない時だ。
愛欲を充足させれば、そこに油断が生まれる……
アイリスが欲しいと思えばこそ、いつも彼女に心が向いている」
まるで、心を覗かれている!
唐突なマサキの告白に、ベアトリクスの背筋がゾクと震え上がった。
「アイリスに気を引かれて、注意が散漫になったらどうするのよ」
悲しげな眼でマサキを覗きあげて言えば、胸が締め付けられる。
「アイリスが身を任せたら、そうなるかもしれない。
だが、欲しいだけで物にはしていない。
だから、気を取られることはない」
大きくうなづくマサキを見るなり、ベアトリクスは、くるりと向きを変えて、
「色んな体験をしてきたんでしょうけど、ずいぶん気障な事を言うのね……
ネンネのアイリスが首ったけになるのはわかる気がするわ」
立ち去ろうとするベアトリクスの背中に、マサキは着ていたダウンジャケットをかけた。
「今日は特段冷える。もう少し自分の身を大事にするんだな」
反射的に振り返りそうになるのを、ベアトリクスは抑えた。
自分でどうにかしていいかわからないまま、素知らぬ振りをしてマサキが通り過ぎていくのを待つばかりであった。
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