第二部 1978年
迫る危機
危険の予兆 その4
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一大事などということは、佐官の職責にあるものが滅多に口にすべきではない」
と、いった。
若い副官に教えるばかりでなく、ハイム将軍は、議長のおどろきをなだめるためにもいわざるを得なかった。
なぜならば日頃の毅然とした姿にも似合わず、議長がひどく顔色を変えたからである。
ところが、グラーフ少佐は、
「いい加減なことを申しているわけではありません。真に一大事にございます」
と、はや廊下を駈けて来て、テーブルのそばに平伏し、
「ただ今、軍情報へ、プラハの米大使館からの急電があり、月面ハイヴから飛翔物射出との報を、受け賜わりました」
と、一息にいった。
その場に、衝撃が走った。
首相はじめ、みな凍り付いた表情である。
室中、氷のようにしんとなったところで、議長は、容易にしずまらない胸の鼓動を、なお語気のふるえにみせながら、
「電報は。電報は」
と、グラーフ少佐が携えて来たはずの、プラハの米大使館からの急電の提出を求めた。
マサキはすでにある予感をもっていたのか、唇を噛んで、グラーフの姿を見下ろしているのみだった。
その後、披露宴はそのまま臨時閣議の場になった。
マサキは明後日までいるつもりであったが、出立は早暁。
シュトラハヴィッツ少将とともに、ベルリン市内のシェーネフェルト空港に向かう事と決まった
閣議を終えた後、外に出たマサキは、妊娠しているベアトリクスの前で、我慢していたタバコを取り出した。
「怖れていたことが、ついに実現したか」
とひとり呟き、紫煙を燻らせて、思慮にふけった。
せめて今日一日だけでも、戦争のつかれ、旅の気疲れなど、すべてを放りだして、気ままに籠っていたい。
そう思っていたが、それも周囲がゆるしてくれない。
「ここにいたんだ」
ベアトリクスの声は、その闇夜がもっている寂寞を鐘のように破るものだった。
澄むような声の明るさに対しては、マサキもどうしても快活にせずにいられなかった。
「どうした」
ベアトリクスは、薄いウール製のストールを羽織り、足首までの長いネグリジェ姿。
そんな薄着の姿に、マサキの方がびっくりするほどであった。
「こんな冬の夜更けに、薄着で身重の女が出歩くのは、体を冷やすだけだぞ」
マサキとしては、最大な表現といっていい。努めて磊落であろうとしたのだ。
けれどすこし話している間に、そういう努力はすぐ霧消していた。
幾多の困難を乗り越えてくると、おのずから重厚が備わって来る。
まして戦場の中で心胆を磨き、逆境から立身の過程に飽くまで教養を積んで来たほどな人物というものには、云い知れぬ奥行がある、床ゆかしいにおいがある。
(『ユルゲンが、注目するだけの男だけあるわ』
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