第一章
[2]次話
レトロタクシー
そのタクシーを見てだった。
サラリーマンの広島浩輔面長で広い額を持つ黒髪を真ん中で分けた小さな目と薄い唇を持つ百七十二センチ程の彼は眉を顰めさせて言った。
「随分古い車だな」
「ああ、そうだな」
同僚の島根時貞四角い顔でスポーツ刈りで大きな丸い目と引き締まった唇の一六六位の背で固太りの彼も言った。
「これ昭和の頃の車だぞ」
「そんな感じだよな」
「昭和四十年代のな」
その頃のというのだ。
「丁度マイカーとかな」
「一家に一台の車か」
「そんな風に言われてた頃のな」
「古い車だよな」
「よく走れてるな」
島根は唸って言った。
「こんな車まだ」
「もう五十年位昔か」
「ああ、ホークスがまだ南海の頃でな」
福岡を本拠地としているこのチームがというのだ。
「大阪球場で野村さんがキャッチャーやってたな」
「そんな頃か」
「そんな頃の車がまだ動いていてな」
「タクシーやってるなんてな」
「凄いな」
「ああ、ただな」
ここでだ、広島は。
残念そうな顔になった、そうして島根に言ったのだった。
「今の俺達はな」
「金欠だしな」
「給料日前でな」
「迂闊に使えないからな」
金をというのだ。
「それにタクシーに乗る理由もないし」
「それじゃあな」
「今はな」
「見送ろうな」
こう話してだった。
二人はそのタクシーに乗らずそれぞれ歩いて目的地に向かった。だが後日このタクシーのことをだ。
社会で話した、本当に驚いた顔で。
「昭和だよ昭和」
「四十年代の頃の」
「その頃の車まだ動いていてな」
「タクシーやってるなんて凄いよ」
こう話した、すると。
その話を聞いた二人が所属する部署の部長である山口大五郎ブルドッグの様な顔で髪の毛がかなり薄くなっている大柄な彼が言った。
「そのタクシーまさかな」
「まさか?」
「まさかっていいますと」
「実は最近この辺りの大地主の人が個人タクシーはじめたんだ」
山口は二人に話した。
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