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冥王来訪
第三部 1979年
曙計画の結末
部隊配属 その2
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彼女はビジネスマンの誘いに即座に返事が出来なかった。
 それは階級が少尉という下級将校であったばかりではない。
申し出た相手が、西側の米国人だったためである。
軍上層部や政治局、議会の承認なしに自由に動けない案件だった。
「申し出はありがたく承ります。ですが、上司の許可を頂かねば……」
それが彼女にできる、精一杯の答えであった。

 遠くの席から議長は心配そうにアイリスディーナを見つめていた。
そんな議長をよそに、彼の隣に座るアーベル・ブレーメに熱心に語りかける男がいた。
「ソ連を武装解除するには貿易が一番です。
実はわが社ではコーラ原液の代金の代わりとして、ウォッカを受け取っていたのですが……
去年のベルリンであったソ連の軍事介入未遂で、ボイコット運動が起きましてね。
その代わりと入っては何ですが、ソ連海軍の潜水艦や駆逐艦を購入する計画を立てているのです。
その資金からソ連向けのタンカーを買って、ソ連の石油を全世界に安く販売するつもりなのです」
 そう語るペプシコーラの営業マンの脇にいた議長は、静かだった。
冷ややかな視線を送りながら、紫煙を燻らしながら聞いていた。
 なるほど、今回の東ベルリンでのアメリカ産業博覧会の真の目的は東側の市場参入。
チェースマンハッタン銀行会長を頂点にいただく石油財閥にとって、東ドイツは有益な市場。
 いや、資本主義経済から取り残された東欧、アラブ、アフリカ。
彼らにとって、まさに未開の処女地なのだ!
 清純な乙女を口説き落として、我が物にするドン・ファンそのものではないか。
だが、石油も出ず、わずかに出る褐炭も今はポーランド領。
何も売るもののない東ドイツにとって、今回の話はまさに天祐。
 貧すれば鈍する。
八方ふさがりの末の身売りともいえるが、金満家の老人の妾になると考えれば、納得がいく。
立ちんぼの娼婦より、艶福家のオンリーの方がずっといいではないか。
 東独議長を務める男はそう考え、ドイツ人としてのわずかばかりのプライドを諦めることにした。
1600万人の国民を食わせていくためには、泥を被ろう。
 俺が悪人になって、大勢の国民が救われるのなら、煉獄にも、地獄にも行こうではないか。
散々悪いことをしてきたのだ、今更わずかばかりの良心など持っていてどうになろう。
 いま目の前にいる白皙の美貌を湛える、養女アイリスディーナ。
彼女でさえ、国のためにゼオライマーのパイロット、木原マサキに嫁がせたのだから……
そう思って飲むペプシコーラの味は、ひどく苦く思えた。
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