第二部 1978年
歪んだ冷戦構造
ライン川の夕べ その3
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ざいます」
「初対面の俺に……名など教えてしまってよいのか」
それを聞いたキルケは、大きな目をキラキラとかがやかせながら、熱っぽく尋ねる。
「どうして」
「知らぬ男に名を教える。
つまり男女の名を知るというのは、それ以上の事を望んでいるといっても過言ではないのだぞ」
その言葉に心をくすぐらされるも、キルケにはあまりにも現実離れしているように感じた。
「まあ、俺だから良いものの、それくらい大変な事なのだよ」
マサキは、にこやかに答えていた。
間近でキルケを眺めるていると、その魅力に引き込まれそうになる。
透けるような色白の肌は、光沢できらめく長い黒髪を一層引き立たせた。
「怪獣やタルタル人と戯れるのが好きな田夫野人とばかり思ってけど……」
キルケは陶然とした目で、マサキを熱心に見入る。
長い睫毛を時折上下に揺らしながら、
「口説き文句も、中々のものね」
「お前がそうさせたのではないか、フフフ」
性格はきついし、口も飛びぬけて悪い。
しかし、悔しいほどに頗る付きの美人なのだ。
正直に言えば、キルケに半ば期待しているところがある。
マサキは、そんな自分に驚いていた。
だんだんと踊るうちに、キルケは鼓動の高まりと全身の血が熱くなっていく様に戸惑っていた。
ときめきとも取れる様な、不思議な感覚に陥っていくことに。
ひっきりなしに鳴り響く、軍楽隊の演奏に熱狂してしまったのだろうか。
いや、それは違う。
なぜならば、今宵の曲目は、ロンドンで流行っているパンク音楽などではなく、18世紀の古典音楽。
静かな音色で興奮するのだから、それは目の前にいる謎めいた男に引き込まれているのには相違ない。
この漆黒の髪と深い琥珀色の目をし、恐ろしいほどに傲慢な男。
キルケに対して決して謙遜したり、阿ったりしない青年将校は初めてだった。
自分が負い目に感じている出自を顧みずに、好き勝手振舞う。
その様に、だんだんと惹かれていくのを彼女は実感していた。
『いま、裸のままの自分を受け入れてくれる男は、西ドイツに、いや欧州の社会にいようか』
キルケが内心に擁いた、不思議な感情。
彼女自身にはそれが淡い恋心なのか、尊敬であるのか、それとも憧憬であるか、判別がつかなかった。
「木原は、律義な男とみえる」
遠くから二人の様子を見ていたシュタインホフ将軍は、すっかり惚れこんだふうだった。
『西ドイツ軍の衛士たちにくらべて、その人品も劣らず、ずっと立派だ』
などと彼はマサキをより高く値ぶみしていた。
上機嫌なシュタインホフは、日頃よりかわいがっているバルクたちを呼び寄せると、
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